第33話 自分と小さな神女

 小さな寝息を立てて眠る蒼子の顔を眺めながら鳳珠は外での出来事を振り返る。


 思い出そうとしてもはっきりと思い出せないが、何か不穏な発言を繰り返し蒼子にぶつけていた気がする。


 嫌悪と憎悪、焦燥、不快感、苦痛、全てが負の感情でそれらが自身を支配していた気がするのに、詳しいことは思い出せない。


 一体、自分の身に何が起きたんだ。


 蒼子の反応を見るからに、ただ事ではなさそうだ。

 あんなに驚いている蒼子は初めて見た。

 いつも澄まして顔で物事に動じない蒼子が明らかに取り乱していた。


 必死に自分を呼ぶ声が耳にこびりついている。

 その件についても不可解ではあるが、気になっていることは他にもあった。


『そして王位に就くがいい。そして私を縛ればいい。私から何もかもを奪ったあの男のように』


 蒼子の言葉を一語一句違わずに反芻する。


 怒りと憎しみが込められた言葉に鳳珠は眉を顰めた。

 自分の自由を奪った皇帝と鳳珠を同列に見ているらしいことに腹が立つ。


 しかし、幼い子供にそれほどまでに強い負の感情を抱かせたのは間違いなくこの国と王だ。


 自分にも流れている王の血が蒼子に拒絶されていると思うと胸がチクリと痛む。


 叶えてやれるだろうか? 自分が王位に就けさえすれば。

 この娘や同じ境遇の者達に自由を与えてやれるだろうか。


 自分が王位に就く未来など漠然とし過ぎていて想像するのが難しい。

 だが、この娘に自由を与えてやれる可能性があるのは自分だけだ。


 ならば、それも良いだろう。


 小さく胸元が上下しているのを顔を近づけて確認する。

 何せ、大人と違い、呼吸音が小さいので息をしていないのではないかと不安になるのだ。


 すやすやと気持ちよさそうに腕の中で眠る蒼子の額に口付けをする。

 すると眉間にしわを刻んだ蒼子の小さな拳が振り上げられる。


「うおっ」


 顔面に突き上げられた拳を寸前のところで躱し、小さな拳はそのまま力を失ったようにぱたりと寝台の上に投げ出された。


 鳳珠は苦笑しながら小さく短い腕を毛布の中にしまい込み、小さな呼吸音に幸せを感じながら瞼を閉じた。





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