第27話 親としての在り方
「流石、噂の呂家だな。呂鄭殿含め、美男美女ばかりだ」
鳳珠は広間を見渡して素直な感想を口にする。
急ごしらえの宴にしては楽師や舞手の人数が多く、料理も豪華で驚いた。
何故、急ごしらえだと思うのかといえば、神女の出迎えはおろか、寝泊まりする部屋の準備すら整っておらず、鳳珠達が到着してから夕刻までの邸が異様に慌ただしいものだったからだ。
おそらく、呂鄭は鳳珠達を追い返すつもりでいたのだろう。
話によれば、呂鴈は呪いを解くために何度も占い師や払い屋の類を呂家に送り込んだものの、詐欺師のような者ばかりだったようで呪いを解くことは出来ず、その度に呂鄭に嫌味を言われているという。
今回もまた面倒な連中がやってきた、と追い返す気満々だったに違いない。
しかし、気が変わったのは蒼子の神力を目の当たりにしたからだろう。
呪いが解けるかどうかはともかく、少なくとも口だけの偽物ではないと分かったからには追い返すわけにもいかなくなったのだ。
それも、王の勅命で赴いたとなればなおさらである。
「いえいえ、神官様ほどではありませんよ」
鳳珠の向かいに座って寛ぐ呂鄭は品の良い笑顔で言った。
東屋で対面した時は鳳珠達に対して嫌悪感を露骨に示していた呂鄭だが、鳳珠に対しては手の平を返したように態度を変えてきた。
「謙遜されるな。宮中でも呂家はまるで桃源郷のようだと専らの噂。何でも、一度足を踏み入れれば、戻ることが出来ぬ魅力的な場所だと」
これは鳳珠が思いついた嘘である。
「これだけ美男美女が揃っていれば、招かれた者がそう思っても仕方ない。夢のような場所だ」
「桃源郷など……大袈裟ですよ」
呂鄭は謙遜の言葉を口にするが、『そうだろう、そうだろう』と内心では鳳珠の誉め言葉に気をよくしているようで、その表情は誇らしげだ。
「白燕の舞には驚いた。あれだけの技術をものにするのは並々ならぬ努力が必要だったことだろう。素晴らしかったぞ」
鳳珠が隣で酒を注ぎ入れる白燕を褒める。
「あ、ありがとうございます、神官様」
白燕は恥ずかしそうに少しだけ俯き、鳳珠の盃を酒で満たす。
「他の舞姫も素晴らしい。大人数で舞を合わせるとどこかに綻びが出るものだが一人一人が卓越した技術を持ち、仲間と呼吸を合わせることのできる協調性がある者ばかりだ。王宮の妓女達も舌を巻くだろう」
そう言って鳳珠が女達を褒める。
その言葉に女達は嬉しそうに頬を緩ませ、呂鄭はますます上機嫌な表情になった。
「美人な娘を持ち、これだけの美女に囲まれていれば、さぞ目も肥えてらっしゃるだろう?」
「そうかもしれませんね。呂家とこの町には御覧のとおり、美しい娘ばかりなもので」
そう言って呂鄭は隣に侍らせた美女の肩を抱く。
美女はたおやかな笑みを張り付けたまま呂鄭の盃に酒を注いだ。
「神官様の姫君も大変お可愛らしいですね。将来は傾国の美姫になりましょう」
呂鄭の言葉に鳳珠は頷く。
社交辞令だというのは分かっているが、気分は悪くないものだ。
「あぁ。あの娘は愛らしいだけでなく非常に賢いのだ。大人が気付かないことにもよく気付く。将来が楽しみでならない」
これも鳳珠の本心だ。
蒼子はこれからどのように成長していくのか、とても楽しみだ。
健やかな成長には色んなもの見て、触って、聞いて、体験するのが一番だ。
子供のうちは自分の世界を広げ、興味の赴くままに何でも経験させてやりたい。
時には気の進まないこともやってみれば気付きがある。
それが時に大きな経験になる。
「姫様には嫁ぐお相手が決まっておられるのですか?」
呂鄭は鳳珠に訊ねる。
「時が来たら然るべき相手を慎重に選ぶつもりだが、嫁がせるつもりはない」
その言葉に呂鄭も周りの女達も目を見張って驚きを顕わにする。
「と、嫁がせぬとは…………」
「相手を婿に入れればいい。何故、蒼子を手放さねばならん」
相手には『お前が来い』と言うつもりだ。
鳳珠は眼光鋭く言うと呂鄭は苦笑する。
「それはそれは……姫君は大切にされていらっしゃるようですね。しかしながら、神官様。親の役に立つことも子の役目の一つです。大貴族との縁談も考えてみては如何ですか?」
「子は親の道具ではないぞ、呂鄭殿。子を作ったからには責任が伴う。子を幸せにする責任がな」
「娘の幸せのためにも家格の高い家に嫁がせたいと思うのは当然では?」
「家格が高ければ子はそれで幸せか?」
鳳珠は手にしていた盃を机に置く。
「どういう意味でしょうか?」
家格の高い家に嫁げば、衣食住には困らず生活ができるだろう。
しかし、衣食住に困らないことが幸せなのかと言えば違うと思う。
親同士が決めた結婚で不幸になる者は多い。
『結婚が女の幸せ』などというのは男が作ったただの妄言だ。
人生において、何を『幸せ』とするかは、本人が決めることだ。
「親には親の、子には子の意志がある。親は子に寄り添い、その意志を尊重すべきだ。何が幸せで、どこへ行きたいかは本人が決めること。親は子が道を踏み外さぬように見守り、外せば正す。これが親の仕事だ」
道は示してもいいが、選択は本人にさせるべきであり、そこに親の欲を出してはならない。
それが鳳珠の親としての考え方だ。
その言葉にその場に居合わせた女たちが感銘を受け、恍惚とした表情で鳳珠を見つめた。
「流石、神官様です。おっしゃることが違う」
呂鄭は鳳珠を持ち上げるような口調で言うが、女達が鳳珠に注目するのが面白くないのか、女達を一瞥して刺々しい雰囲気を醸し出しながら酒を煽った。
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