第26話 宴と奇形の娘達

 夕刻になると広間で宴が催された。

 急に呼んだらしい楽弾きや芸人が広間の中央で芸を披露し、目を楽しませてくれる。

 蒼子達の他にも呂家の親族の男性や呂鄭と親しい者が宴に呼ばれていたので広間は賑わっていた。


 男達は美しい女性を侍らせて酒盛りを楽しんでいる。

 しかし、本日の主役は(偽)大神官の鳳珠なので周囲もそこには気を使っているように見えた。

 


「姫様、宴はどうですか?」


 そう言って蒼子の側に寄るのは呂家の親族だという女性たちだ。


 ちなみに鳳珠は離れた場所で呂鄭からもてなしを受けていて、両脇を美女で固められている。


「楽しい。珍しいものが沢山ある」


 蒼子は女性の問いに素直に答えた。


 基本的に蒼子は王宮で開かれる宴には参加しない。

 天倫と花嵐は顔を出しているようだが、蒼子はそもそも人が多く集まる場所は苦手で注目されるのも煩わしいと感じる。


 ここにいるのは宮廷三神女の蒼子ではなく、大神官の娘の蒼子であり、自分であって自分ではない。


 あまり人目を気にせずに宴の雰囲気を肌で感じることができて嬉しいと思う。


「それはようございました。これはこの地域の伝統のお菓子です。お召し上がりください」


「ありがとう」


 蒼子は勧められた焼き菓子を手に取り、口に入れる。

 干した果物を混ぜて作った焼き菓子は甘酸っぱくて美味しい。


「美味しい」


 口が小さいので一口は無理だ。


 何度かに分けて口に入れて咀嚼し、喉に落とす。

 その姿を女性がにこにことして見ているのだが、それは気にしない。


「お姉さん、とっても美人」

「まぁ、嬉しいです」


 頬に手を当てて微笑む女性は右耳朶が裂けていた。左側も同様に。


「姫様、こちらもどうですか?」

「あなた達ばかりズルいわ。姫様、こちらも召し上がって下さい」

「これも美味しいんですよ」


 そう言って蒼子のもとに次々と女性達が集まってくる。

 皆、色白で顔立ちの整った美人である。

 ふと見ると、鳳珠の所よりも女性が多く集まっているのが不思議だった。


「お姉さん達は姉妹なの? みんな美人だし、どことなく似てる」


 蒼子が口を開くと『きゃ~可愛い~』と騒ぎ出す。

 反応もみんな同じで少しだけおかしくなる。


「姉妹ではないですけど、似たようなものでしょうか」

「血はかなり近いですものね」

「えぇ。だから似ているのよね。姉妹じゃなくても姉妹に間違えられます」


 彼女たちは花梨、瑠衣、玲林、春蘭、千杏という。

 皆揃って美人だ。


 鳳珠も側に四人ほど侍らせているがやはり美人でどことなく容姿が似ている。

 誰が姉妹でも驚かない。


 そして皆が揃って首に同じような首飾りを着けている。

 目立つ石があり、それを色紐で首につけてた。


「綺麗な首飾り……お揃いなの?」


「この町では女性はこのような形の首に飾りをつける風習があるのですよ」


 瑠衣が説明してくれる。

 

「風習?」

「えぇ…………外出する時は必ず身に付けなければならないのです」


 その表情はどこか暗い。


「そんなことよりも…………」


 瑠衣は話を逸らして蒼子の手をぎゅっと握った。


「おてて小っちゃい~」

「お肌すべすべ、もちもちで羨ましい~」


 蒼子は瑠衣を始め、美女に取り囲まれて手や頬を指でつんっと疲れたり、頭を撫でられる。

 このように美女に取り囲まれる機会はそうそうないので新鮮だ。


「本当に羨ましいわ。この形の綺麗な指!」

「あんたは指の形が歪だものね。私はこの耳が大嫌いよ」


 そう言って自分の歪な形の耳朶をさす。


「耳ならよくない? 髪で隠れるし」

「でもあんたみたいに綺麗な耳飾りはできないのよ」

「私は足の指の形がおかしいから歩き姿があなた達みたいに綺麗じゃないわ」


 彼女達は自分達の欠点を言い合う。

 互いを貶すような言い方ではないが、一人一人が自身の欠点を複雑に思っているようだ。


「おい、お前達。神官様の酌が足りてないぞ」


 ずかずかと蒼子達に歩み寄り、呂鄭は目を吊り上げる。


 鳳珠には既に四人も美女を侍らせていて、明らかに酌をする係は充分だ。

 しかし当主代理の言うことには逆らえない彼女達は渋々といった様子で最初から蒼子の側にいた花梨と瑠衣を残し、鳳珠と呂鄭の元へ向かった。


「姫様……この町では決して一人になってはいけませんよ」

「父君か従者様のお傍にいて下さいね。絶対ですよ」


 花梨と瑠衣は呂鄭が遠ざかったのを確認してから蒼子に耳打ちする。


「可愛い子供は神隠しにあうのです」

「決して一人になってはいけませんよ」


 二人は仄暗い表情を浮かべて重ねて蒼子に言う。


 蒼子は白燕の話を思い出す。

 女や子供がよく神隠しにあうと。

 蛇神の呪いと関係があるのかは分からないが、こんなに忠告してくれるということはおそらく本当に『神隠し』はあるのだ。


「教えてくれてありがとう。気を付ける」


 蒼子は子供らしく花梨と瑠衣に笑顔を向ける。


 すると二人の表情が一瞬だけとても苦し気に歪み、それから取り繕ったような笑顔に変わった。


 そんな二人の様子に蒼子は強い違和感を抱く。


「白燕の舞が始まりますよ、姫様」


 話しを逸らすように、花梨が広間の中央に出た白燕に視線を向けて言う。

 これから白燕の舞が始まるのだ。

 広間にいる者達の視線が中央に集まる。


「白燕は良いわよね。全部揃っていて、綺麗だわ」


 瑠衣はぽつりと呟く。


 羨ましがるような言葉であるのに、その声はどこか暗い。

 真っすぐ伸びる視線は羨望の眼差しではなく、同情的な視線だ。


「えぇ……そうね。蛇神様が目を付けるのも分かるわ」

「蛇神様が攫ってしまうのかしら」


 言葉を交わす花梨と瑠衣の表情は白燕の方に向いていて蒼子からは見えない。

 白燕が楽の音に合わせて舞う姿はうっとりするほど美しく、見る者全ての視線を奪う。


 雪柳のような可憐な乙女が衣を翻し、舞う姿は自由を欲して羽ばたこうとする鳥のようで、惹きつけられる。


 手に持っていた魚の鰭のような布が舞いの終わりと共に床に落ちると拍手が沸き起こる。


 鳳珠もにこやかな笑みを浮かべて手を打ち、舞を楽しんだようだ。

 鳳珠の近くに座る呂鄭も気をよくして笑顔を浮かべている。

 男達は白燕の舞を絶賛し、大きな拍手と酒と酌を求める声があちこちから上がっていた。


「どうなさいましたか、蒼子様」


 後ろに控えていた柘榴が蒼子の様子を窺うように声を掛けてくる。


「随分と暗いな。この場所は」


 蒼子の言葉に柘榴は少し驚いた顔をするが、そっと双眸を伏せて口元に笑みを浮かべる。

 

「蒼子様には私達に見えないものが視えているのですね」


 賑わっている広間の中で明確な陰と陽がある。

 蒼子はそう感じていた。 

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