第25話 姉弟

「姉さん」


 白燕は背中に掛けられた声に振り返る。

 そこにいたのは弟の白陽だ。


「あの神官は本物なの?」

「本物だわ。今までの偽物の違って水の神術でお父様を縛り上げたのよ」


 白陽はその言葉に驚く。


 今までも叔父である呂鴈は呂家の呪いを解くために、神官や占い師、巫女などを送ってくれたがみんなが呪いを払うフリをするだけの偽物だった。


 高い金銭、長期に渡っての滞在、図々しい要求をしておきながら、それに加えて叔父からも高額な金銭を巻き上げている。


 優しい叔父は何とか呂家の呪いを解こうと必死なのだ。

 そんな叔父の優しさに付け込む輩が白燕は憎くて仕方がない。


 呪いを解こうと必死になる叔父とは反対に、父は呪いなどないと呪いの存在を否定する。

 故に、今までも『呪いを解きに来た』という怪しい輩は父が追い返して来たが、今回の神官達の力は本物のようだ。


「それじゃあ、もしかして…………」


 期待の籠った表情で白陽は何かを言いかける。


「期待するのはやめなさい。どうせ期待するだけ無駄よ」


 白陽の言葉を白燕は冷たく遮る。


「今まで助けてくれた大人なんかいないじゃない。この町の『本当の呪い』に気付いた人なんかいなかった。だから、私達で終わらせるのよ」


 白燕は服の袖を捲り、赤く腫れた腕を晒す。

 ほっそりとした白い腕に蛇の鱗のような痣が痛々しく映った。


「姉さん……! またそんな…………!」


 姉の腕を見るや否や、弟は悲痛な声を上げる。


「私達には蛇神様がついてる。私達の声に応えてくれる。あなたは何もせず、お父様の怒りを買わないように従順でいるのよ。いいわね?」


 白燕は窘めるような厳しい声音で言う。

 

「分かったよ……姉さん。ところで……あの女の子……」


 力のない声で白陽は言った。

 その瞳も不安そうに揺れている。


「大丈夫かな…………『神隠し』に遭うんじゃ……」

「…………遭うでしょうね……間違いなく」


 白陽の言葉に白燕は言う。

 白燕は無意識に拳を強く握り締めた。


「そんな……まだ小さいのに…………」


 今日一目会っただけ幼子にも白陽は同情的になり、泣きそうな表情を見せた。

 そんな白陽を見ると、白燕は胸が痛む。


 白陽は優しい子なのだ。

 虫も殺せないくらい優しく、頭もいい。


 本当であれば叔父にこの子だけでも連れて行って欲しいと頼みたい。

 

 だけど、私がこの場所にいる限りはどこにも行かないと白陽は言う。


「えぇ。そうね」

「そうねって……姉さん……」


 素っ気ない返事しか寄越さない白燕に白陽は縋るようね視線を向ける。

 だが、白陽はすぐに白燕から視線を外して、諦めの表情を浮かべる。


 本当なら遠くへの子だけでも逃がしてあげたい。

 だけどそれができないならば、私が守るしかない。


「命じられれば私がやるわ。あなたは何もしなくていい」


 白燕は踵を返し、歩き出す。

 その背中を苦しそうな顔で白陽が見つめているとは気付かずに。



 

 

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