第24話 双子の苦悩

 鳳珠が蒼子の額に口付けた光景を目にして、椋はぎょっとした。


 傍から見れば愛娘を慈しむ父親に見えなくはない。


 しかし、二人は父娘ではないし、蒼子はあのような幼い姿をしているが立派な大人であることを知っている双子は冷や汗をかいた。


 宮廷三神と呼ばれる火、水、風を司る三人の神女は皇帝以外の命令に従う必要がなく、また、場合によってはその命令すらも拒否できる権利があり、皇帝ですらも侵せない権限を持っている。


 皇帝以外に無礼を働くことが許されない特別な存在である。


 蒼子はその宮廷三神と呼ばれ、水を司る神女だ。


 立派な成人女性である上に、皇族であっても無礼を働くことが許されない存在である人物に主が接吻をする光景に双子は恐怖と不安を覚えた。


 背中に冷や汗が流れ、どうかそれ以上は止めてくれと心の中で叫んだ。


 止めてくれと叫べたらどれだけ良いか。

 止めたい気持ちは山々だが、双子がこの状況を止められないのには大きな理由がある。


 双子は出発前に皇帝の側近伝いで命を受けた。

 それは蒼子の正体を鳳珠にバラすなというものだった。


 理由は『面白いことになりそうだから』と、皇帝の悪戯心が垣間見える何とも子供じみた理由である。


 ちなみにこの命令に従わなかった場合、椋と柊は王宮から追放され、二度と鳳珠に会うことは叶わなくなるという容赦のない罰が下される予定だ。


 それは困る。


 故に、双子はこの件については口を噤むより他ない。


 まぁ、蒼子が立派な成人女性であり、三神女であることについては黙っていたところで大した問題ではない。


 いくら鳳珠が子ども扱いして戯れても蒼子は恨み言の一つや二つは言うかもしれないが罰を与えることはないだろう。


 では何が双子を不安と恐怖に陥れているのか。


 それは主の恋愛嗜好が大人の女性から外れて幼女が対象になっているのではないかということだ。


 蒼子と初めて出会った時、鳳珠はとても心身共に疲弊していた。


 昔から事あるごとに女性に言い寄られてきた鳳珠は女性の扱いには長けている。自身も女好きなので来るもの拒まず、去る者追わず状態であったが、行きついた町で出会った女は毒女であった。


 世話になった町人達のために毒女の相手をしてきた鳳珠だが、限界が来ていた。

 そんな時、出会ったのが蒼子である。


 蒼子の愛らしさは鳳珠の疲弊し、荒んだ心を癒した。

 女の毒牙にかかった鳳珠を救い出してくれたのは何を隠そう蒼子である。


 その件については双子も感謝している。


 しかし鳳珠は自身の前に現れた愛らしい幼女に無意識に執着しているように思えてならない。

 頭を撫でて、服を着せて、お菓子を与えて愛でるだけならまだいい。

 父性を刺激されて構い倒す分には問題ないと思っている。


 だが、この父性が別のものに変わったら?


 大人の女に嫌気がさし、幼女にしか興味を示さなくなってしまうのではないか?


 それが双子の大きな懸念である。


 現にあれだけ激しかった女遊びを断ち、気にするのは蒼子のことばかりだ。


 たまに外出先で見かける幼女をじっと見つめている主を見ると背中がぞわぞわする。


 たまに耳にする幼女趣味の変態の話が他人事ではなくなっている気がする。

 そんなに心配することではないだろうと、言い聞かせてみるが、先ほどのような光景を見るとこの先が怖くて仕方がない。


 鳳珠の眼差しも、触れる手も蒼子に向けられるものはどこか甘い。


 父性から発揮される甘さではなく、自分の心に絡みつけようとする執着心から滲み出た甘さに思えてならない。


 そこには『欲』が潜んでいる。


 先ほどの『私から離れるな』発言も独占欲を孕んでいるように思う。


 考えれば考えるほど主が危ない嗜好の持ち主のような気がしてならない。

 自分の主が幼女恋愛嗜好の変態などと思いたくない。


 できることなら蒼子には大人の姿でいてもらいたいが、それを促す発言も皇帝から禁じられている。


 それに大人の姿の蒼子は美し過ぎる。

 鳳珠以上に美しい。


 これはこれで厄介なことに巻き込まれる危険性があるので迂闊に元の姿に戻られても困るのだ。


「椋、顔が青いですよ」

「柊、お前もだぞ」


 お互い同じことを考えていた二人は揃って溜息をつき、重くなった額を押さえた。


「こうなったらさっさとこの件を片付けるしかないですね」

「あぁ。呪いとやらを早急に片付けて王都に帰る」


 そして二人を引き離す。


 これが主君が道を外さないために唯一、自分達にできることなのだと双子は心に刻んだ。



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