第23話 心の中の誓い

 白燕は白陽と明日の段取りをつけると言って一旦、退室した。


「これで良かったか?」

「上等だ」


 鳳珠の膝の上で焼き菓子を齧りながら蒼子は答える。


 非常に偉そうな物言いに鳳珠は嘆息した。


 どうせなら、愛らしく『ありがとう、お父様』ぐらい言ってもらいたいと思うのは贅沢だろうか、などと考えてしまう。


「あなたの言う通り、まずは『呂家の呪い』が本当に呪いなのかを調べる必要がある。奇形と短命の者達、そして度々起こる不審死、これらが呪いであるか否か。そしてその呪いが蛇神の呪いであるのか。本当に呂家の一族のみなのか。他の者達は何故呪いを受けていないのか。これらがはっきりしなければ呪いは払えない。そのためにも町全体を把握する必要がある」


 町の様子を見て回る必要があることを白燕に説明した鳳珠は正しいと蒼子は言う。


 褒められているはずなのに、何だか褒められている気がしないのは気のせいか。


「二手に別れよう。町の様子を見て回る者と、呂家について調べる者と」

「では鳳珠様と蒼子様は町を回って下さい。柊、護衛を頼む」

「分かりました」


 蒼子の言葉にてきぱきと采配を下すのは椋だ。


「俺と柘榴で呂家について調べる。良いか?」


 椋は柘榴に同意を求めた。


「もちろんよ」


「内部事情を探るとなると俺や柊では警戒されやすい。柘榴がいてくれればやりやすい」


 椋と柊は双子でよく似ており、凛々しい顔立ちだ。


 椋は真面目で硬く緊張感のある雰囲気を常に纏っているので接する相手に緊張を与えるのかもしれない。


 よく似た二人だが、柊は椋よりも穏やかで温かみのある雰囲気だ。


 だったら柊に情報収集を頼めば良いのではないかとも思うが、そこは得意不得意があるらしい。


 この二人なら情報収集は椋の仕事というのが彼らの認識らしい。

 椋から暗に頼りにしていると言われた柘榴は照れたように頬を赤らめる。


「お役に立てるように頑張るわ」


 乙女の表情で柘榴は気合を入れて言った。


「欲しい情報は不審な死を遂げた者達の細かな情報、呂家の家系図、人間関係、それから神隠しについても調べて欲しい」


「承知しました」


 蒼子の言葉に椋が頷く。


 小さくて短い腕を大人のように組む蒼子の姿は背伸びをして大人の真似をする子供である。


 しかしその表情は幼子に似合わないほど大人びている。


 何かを思考する真剣な横顔は愛らしさよりも美しさが全面に押し出されていて、鳳珠を落ち着かない気持ちにさせる。


 この年でこの美しさ。末恐ろしい。


 本来であればこんなことに巻き込まず、子供らしく伸び伸びと遊ばせて、沢山の刺激を受けさせ、夢中になるものを見つけて健やかに成長して欲しいと思う。


 道行くものの全てが新鮮だと言わんげに目を輝かせる無邪気な幼子は可能性の塊なのだ。


 しかし、それとは真逆なことを考えもする。


 この娘の大人びた眼差し、思考する悩まし気な表情は心の奥から何かを引き摺り出されるのではないかと思うほどに惹きつけられるものがある。


 呪いなどという得体のしれないものと対峙し、どんな表情を見せるのか興味がある。


 勿論、この件について蒼子に丸投げするつもりは毛頭ないので考えはある。我々だけでは解決できそうにない場合に備えてはいる。


 だが、備えを使うのはこの娘をじっくり観察した後にするつもりだ。


 せっかく、神殿から連れ出したのだから世の中というものを目に焼き付けてもらいたい。


 子供の頃の記憶というのは良くも悪くも鮮烈だ。

 神殿の外の景色と蒼子の傍らに自分がいることを記憶に刻んで欲しいと思う。


「私の顔に何かついてますか?」


 膝に座った蒼子は上目遣いで問いかける。


 口元を袖で擦りながら、口の周りに何もついていないことを確認したうえで聞いてきた。


 こんな仕草ですら愛らしい。


 前髪を掻き揚げると、白く、形の良い額が現れる。

 肌は柔らかく、滑らかで手触りがいい。

 そしてあまりにも小さい。

 額どころか、顔全体が鳳珠の手には余るのだ。


 大人びていても、口が悪く、生意気でも、いつ誰かに握りつぶされるやも知れぬ、脆く尊い命だ。


 鳳珠はおもむろに蒼子の額に口付ける。


 その様子に双子はぎょっとし、柘榴は『まぁ!』と高い声を上げる。


 蒼子は何が起こったか分からないような顔をして目を丸くしていた。

 その愛らしい口から生意気な言葉が飛び出す前に、親指の腹を唇が開かないように押し当てる。


「んぐっ」


 くぐもった声が少しだけ愉快だ。


 鳳珠の行動を非難する視線が蒼子から放たれるが、そんな視線には既に慣れている。


 可愛いだけだ。


「私から離れるな」


 蒼子は驚いたような顔をする。

 そして驚いたような表情は怪訝な表情に変わった。

 奇怪なものを見るような目で見られたとしても構わない。


「目の届く所にいろ。必ず」


 この脆く尊い命をあらゆる危険から守る。

 それが自分に課された使命のように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る