第22話 不気味な町

 椋は探るような視線を白燕に向けて言った。


「仰る通りですが……よく分かりましたね」


 白燕は椋に言い当てられて驚いた顔をする。


「持っていると言っても私の力はそよ風を起こす程度の微々たるものです。皆さんに危害を加えてりできるような強い力ではないので心配なさらないで下さい」


 白燕は言う。


 蒼子はその表情の中に憂いを感じる。

 椋と柊は主が危険に晒される可能性が低くなり、少しだけ緊張を解いている。


「呂鄭殿も神力をお持ちのようですね。他に神力持ちはいますか?」


「いえ……私と父だけです。父は強い神力がありますが、それでも神官としての実力は最下位にも満たないそうです」


 神官には能力に応じて位が付けられる。


 神殿の最高位は蒼子、天倫、花嵐の三神女。

 次に大神官と呼ばれる二位神官、三位、四位、五位と続く。


 神殿に上がるためには最低でも五位神官の基準を満たさなければならない。


 呂鄭にはそこまでの力はないということだ。


「神官様に危害を加えることはできないかと……先ほど助けて頂いた時の水の神術は見事でした」


 白燕は呂鄭の身動きを封じた術を褒めた。

 キラキラとした眼差しを鳳珠に向けるが、あの術は蒼子の術のため、無言で笑みを作って誤魔化している。


 蒼子はその様子を白けた表情で見ていた。


「他にはいないのか?」

「他は…………いえ、私と父だけです」


 鳳珠は訊ねると、白燕は歯切れ悪く言った。


 何かを言い掛けたかのように思えたが気のせいだろうか。

 鳳珠は少しだけ気になったが、深く追求はしないことにした。


「分かりました。ありがとうございます」


 椋は教えてくれたことへの感謝を示す。


 椋と柊にとっては脅威になり得る神力持ちがいないことへ一先ずは安堵した様子を見せる。


「白燕、町の様子も知りたい。旧本家にも邪魔する必要がある」


 鳳珠の言葉に白燕は戸惑った。


 鳳珠達は白燕と呂家に掛けられた呪いを解くことを目的として訪れた。

 それなのに町の様子を見る必要があるのだろうかと不思議そうだ。


「呂家の呪いを払うのには町全体を把握しておく必要がある。何せ、呪いの元凶と思しき蛇神は遥か昔に村長を筆頭に村の男達全員に葬られたと聞く。呂家の呪いの元凶が蛇神の怨念であるならばその時に関わった村人全てが対象になりうる。しかし、呪われているのは呂家一族だけ。そこに理由がるのか、ないのか。あればそれは何なのか。もし仮に呂家の呪いを払ったとしても、呪いを払えず呂家が潰えたとしても、もしかしたら次は別の者達が同じことになるかもしれない」


 鳳珠の言葉を白燕は唖然と聞いている。


「もしかして町全体が呪われているかもしれないと?」


 黙って聞いていた椋が口を開く。


「それは分からないがな。私が蛇神であれば自分を殺した者達全てを恨むだろう。だが、呪いを受けているのが呂家だけなのが気になる」


 傍らで蒼子は感心する。


 呂家は呪われているのか、呪いをかけたのは蛇神なのか、またその呪いのきっかけとはなんだったのか、鳳珠の言うように何故に呂家だけなのか、これらを調べてはっきりさせる必要がある。


「白燕様、呂家一族の他に不吉な噂や話はありませんか?」


 柊の問い掛けに白燕は顎に指を添えて考え込む仕草を見せる。


 そしてチラチラと蒼子の方を見やる。

 何だか、言ってもいいものか分かりかねる、というような顔をしていた。


「お姉様、私は大丈夫です。気になることがあるのなら教えて下さい」

「それでしたら……関係あるかは分かりませんが、この町では神隠しが起こります」


 躊躇いながら白燕は言う。

 白燕の表情は一気に暗くなった。


「女性や子供ばかりがいなくなるのです。みんなは蛇神様が連れ去り、贄になったのだと…………」


「神隠し……本当にそんなものが?」


 聞き返したのは椋だ。


「実際のところは分かりませんが、若い女性や子供ばかりが頻繁にいなくなるので皆は神隠しだと言っています。蛇神様に喰われたとか、嫁にされたなど、色々言われております」


 白燕は切なそうな表情でぎゅっと服の裾を握り締める。


「なるほどな。とりあえず、明日にでも町を回りたい。段取りを頼めるか?」

「町の様子は弟の方が詳しいので弟も同行してもよろしいですか?」

「構わない」


 鳳珠の言葉に白燕は頷く。

 弟の白陽とは年子で白燕同様に美しい顔をしている。


「お姉様、お母様は美人だった?」


 唐突な質問に皆は首を傾げるが、蒼子を止めたり、窘めたりはしない。


「そうですね。私は幼かったので少ししか記憶にないのですが、皆からは村一番の美人だったと聞いてます」


「呂家一族は美男美女が多いと聞くが、母君も一族の者か?」

「はい。分家の出身です」


 鳳珠の問いに白燕は答えた。


「分家は町の各所にありますが、多くはこの邸の近辺に固まっています。旧本家は五連玉池の……ここですね。今この近辺にいる分家の者達も以前は旧本家の周りに家を構えておりましたが火災で全焼した家も多く、同時期にこちらへ移ったそうです」


 広げられた地図の上にしなやかな指が添えられ、五連玉池のすぐ側を指して説明してくれる。


「五連玉池は滝から流れ落ちた水が川とは別方向に流れて出来たものです。大雨で滝の水量が増え、その度に池の数が増えたと言われております。滝から近い順に一の池、二の池、三の池、四の池、本家があるのは五の池です。五の池は旧本家の敷地内にあります」


 白燕は地図にある五つの玉を指でなぞる。


 五つの玉は滝から離れるごとに大きく描かれ、最も大きな五の池が本家の敷地内に食い込んでいるような形になっていた。


「その……この池には時々、死体も上がります」


 控えめな声で白燕は付け加えた。


「稀に、滝に飛び込む者がおりまして……こちらに流れ着くのです」


 死体の上がる池か。


 自分の実家に死体の上がる池があると思うとなかなか鳥肌ものだ。

 不審死、神隠し、池に上がる死体、白燕の痣、調べることは山積みだな。


 この町は一見して華やいでいるように見えるが不気味な町だ。



 鳳珠は小さく溜息をついた。



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