第20話 羨望
醜い感情が白燕の心の中を渦巻いていた。
こんなこと思ってはいけないのに…………。
物置部屋から戻る最中、白燕はずっと蒼子の顔を見ることができなかった。
ただただ、羨ましいと思えた。
あんなにも父親に深く愛され、まるで繊細なガラス細工を扱うかのように優しく扱われる見目麗しい幼子が羨ましかった。
鳳珠と蒼子は白燕が理想とする父娘の姿そのもので、それを見せつけられると胸の奥がチリチリと痛み、自分と幼子の環境があまりにも違うことに胸が押し潰されそうになる。
人間、誰しもが平等ではない。
それは既に知っている。
この幼子は恵まれた環境で、優しい親元で健やかに美しく成長し、幸せな結婚をするのだろう。
他人の幸せを妬むことは随分前にやめたはずだった。
それなのに…………。
『別に、愛されているわけじゃない』
蒼子の言葉が苦しい胸の内を余計に苦しくさせた。
そして込み上げてくるのは怒りだ。
あんなに愛されているにも関わらず、愛されていない?
目に入れても痛くないといわんばかりに溺愛されているというのに?
なんて贅沢な子なのかしら。
自分には父からの優しい言葉も優しい手も、向けられる視線ですらも道具を見る目と変わらない。
自らの欲望を満たすためだけの道具として扱われ、少しでも気に障ることをすれば、代わりはいくらでもあるのだと言って殴られる。
そんな世界があるなんて知らないからそんな贅沢を言えるのだ。
自分と同じ苦痛を味わえば、二度とそんな贅沢は言えないはずだ。
艶やかな黒髪に白い肌、愛らしくも美しい顔立ち、今は幼くも将来が期待できる器量を持つ幼子は高く売れる。
欲深い大人達が放っておくはずない。
守らなくてはならない。
私のように、いえ、私達のようにならないために。
そう思う反面、自分と同じ世界に堕ちて、同じ苦渋を味わえばいいのだと、醜いことも考えてしまう。
何も知らない幼子にそんなことを考える自分は鬼だ。
だけど、自分だって幼かった。まだ何も知らない子供だった。
それなのに、汚い大人達は自分を欲した。
泣いても、叫んでも、非道な行いを止めてはくれず、むしろ興が乗ると言って泣き叫ぶ自分を嬲った。
誰も助けてくれなかった。
助けてくれる大人はいなかった。
逃げ出したくても生きていく術がない。
仲間と傷を舐め合いながら生きていくしかない。
そう思いながら生きているうちに、幼子にまで嫉妬してしまうようになったことに驚いた。
自分は穢れた存在だ。
純真無垢な存在ではない。
自分がこの手で何人もの子供達を地獄に引き摺り込んだ。
身体だけでなく、心までも穢れた醜い存在だ。
だけど、自分と弟を守るために与えられた選択肢は少ない。
あのか弱い弟を守ってあげられるのは自分だけだ。
離れ離れは絶対に嫌。
絶対に離れたくない。
命より大切な私の可愛い弟。
弟を守るためなら他人も自分自身も犠牲にしたって構わない。
だからどうか、私から逃げて欲しい。捕まらないで欲しい。
その美しい瞳が、愛らしい顔が、綺麗な心が、決して穢されることがないように。
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