第19話 地図

 邸の奥まった場所にあるその部屋の隣には裏口があり、先ほどから使用人達がバタバタと出入りをしていた。


 すれ違う者達が白燕に軽い挨拶をして、次に連れている蒼子を見た。


 子供好きな者達は愛想よく挨拶をしたり、手を振ったり、話しかけてくれる。

 そして背後に立つ柘榴とも挨拶を交わす。

 誰もが柘榴の言葉遣いに驚き、戸惑う様子が伺える。


 不思議なものを見るような目で見るが、そこには触れることなく離れて行く。

 そんなことを数回繰り返して、白燕に通された部屋は倉庫のようだった。


 薄暗くて物が多く、奥には大きな机や椅子が整理した状態で積まれ、手前には棚が並んでいた。


 冬道具の藁で編んだ笠や靴などが置かれているのを見ると、季節の道具やすぐに使わない道具を閉まっておく場所なのだと察する。


「確かこの棚のどこかに…………」


 白燕は入り口の手前にある棚の引き出しを開けたり閉めたりを繰り返す。


 白燕が地図を探している間、蒼子は部屋の中を見渡した。


 神殿にはない珍しい物も多い。


 ふと、視界に入ったのは棚の壁の間に隠すように置かれた金網である。

 ひっそりと、だけどすぐに使えるように置いてあるように思えた。


「それは焼き物用の金網ですね。魚や茸を焼いたり、冬にはお餅を焼いたりします」


 蒼子が不思議そうに眺めていると側によって白燕が説明してくれる。

 これは以前、鳳珠達と出会った港町で使っているのを見たことがあった。


「きっと誰かが片付け忘れてこんな所に押し込んだんですね」


 そう言って白燕は壁と棚の隙間に置かれた金網を手にして、戸棚を開けて、そこに片付けた。


 そして地図を探しに戻り、地図探しを再開する。


「お待たせしました」


 しばらくすると白燕は達成感のある顔で蒼子の前に筒状に丸めた地図を持ってきた。


「遅くなってすみません、この部屋には滅多に入らないもので」


 何がどこにあるか、しっかりと把握はしていないらしい。


「見せて」


 蒼子が言うと白燕は蒼子に見やすいように地図を広げて床に置いた。

 地図を見ると、滝を中心に五連玉池があり、いくつかの集落の名前が書かれている。


 右上に書かれた集落の名前に朱色でバツ印が付いていた。


「この集落は?」


 朱色で目立つその場所を指差して蒼子は言う。


「その場所が先ほどお話した大きな火事があった集落です」

「二度目の火災よりも被害は大きかった?」

「そう聞いています。生まれる前のことなので私は当時の様子は分からないのですが」


 申し訳なさそうな表情で白燕は言う。


「誰か詳しく分かりそうな人は?」


 何故、そんなことを聞きたがるのだろうかと、不思議そうな表情をする白燕は少し悩んだ様子で言う。


「父は知っていると思いますが…………話を聞くなら、叔父の方が良いかもしれません」


 白燕の叔父である呂鴈は王宮で仕事を片付けてから来るというので数日遅れで到着する予定だ。


「叔父はとても優しいので、姫様も気に入ると思います。不思議と子供に好かれる人なんですよ」


 白燕は少しだけおかしそうに笑む。


「お姉様は呂鴈が好きなのね」

「はい」


 蒼子の言葉に白燕はすぐに肯定した。


 その表情から叔父である呂鴈を慕う気持ちが滲み出ている。


「もうすぐ会える。直に到着するはずだから」

「……本当に来てくれるかはまだ……今までも来ると言って来ないことがほとんどだったので」


 そう言って白燕は悲し気な顔をする。


「そうなの?」


 蒼子が訊ねると、白燕は表情を曇らせる。


「はい。もう何年もこちらには帰ってきてません……手紙を書いても返事がなくて……きっと忙しいのでしょうね」


 言い淀みながら白燕は悲し気な表情をする。


「呂鴈殿は愛されているのね。こんなにも帰りを待ちわびている人がいるんだもの」


 それはとても幸せなことだと思う。

 しかし、礼部尚書は何年も帰省できないほど多忙かと問われればそうでもない。

 多忙ではあるが、一年に一度くらいは遠方であっても帰省できるように仕事の調整は可能なはずだ。


 何か、帰省できない理由でもあるのだろうか。


 蒼子は疑問に思う。


「姫君も父君やみなさんから愛されておりますね。素敵なことです」


 白燕は無理矢理笑顔を作って話を逸らした。


 父とはあれか、あの節操なしのことか?


「別に愛されているわけじゃない」


 そもそも親子じゃない。

 あれは演技だ。



 蒼子の言葉に白燕は驚いたような表情で蒼子を見つめた。


「………………贅沢ですね」


 複雑な表情で白燕は言う。


 その声は微かに震えており、苛立ちが滲んでいることを蒼子は感じ取った。

 そして地図を手にして白燕は立ち上がる。


「ではそろそろ戻りましょうか」


 白燕はふいっと蒼子から視線を逸らし、部屋を出てからは蒼子の方を見ることはなく、真っすぐに鳳珠達の待つ部屋に向かって歩いた。


 部屋を出た時に繋いだ手は今度は繋がれることはなく、やや早めの歩調に遅れそうな蒼子を柘榴が抱えて歩く形となった。


 二人の間に生まれた空気を読んだ柘榴が心配そうな表情を浮かべる。


「何かあったんですか?」


 柘榴が蒼子に小声で訊ねる。


「いや…………」


 蒼子は問いに答えず、鳳珠達が待つ部屋に戻るまでの間、じっと白燕の背中を見つめた。

 華奢な少女の背中に感じる風の気が、感情の起伏を示している。

 暴れ出しそうな感情を必死に押さえつけ、殺そうとしているのが見て取れた。


 少女の背中に圧し掛かる重荷が垣間見え、蒼子は眉を顰めた。


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