第17話 町について



「元々はここから離れた古い鉱山の麓に本家があったのですが、過去に二度ほど大きな火災が起きまして、その度に場所を移しております」


白燕は記憶を辿るように蒼子達に話す。


「お父様、蒼子はそこにも行ってみたいです」


 蒼子は声だけはおねだりをするように甘く、視線で念を飛ばす。


「鉱山の麓にあった家は火災で集落一つが全焼してしまったので何もありませんが、私達が住んでいた旧本家で宜しければご案内できます。あるのは五連玉池くらいしかありませんが…………」


「火災で集落一つが焼けたのか?」


 白燕の説明に驚いた鳳珠が問う。


 一軒、二軒ではなく集落一つ失うほどの火災はそうそう起こるものではない。


「はい。私はまだ生まれていなかったので分からないのですが、今から二十四年前に起こった火災はそれはとても規模が大きいもので、鉱山の麓にある集落が丸ごと火に飲まれたそうです。とても生活ができるような状態ではなかったため、生き残った者は五連池の近くに移り住んだとか」


「そこも火事になったと? 先ほど過去に二回も火災に遭ったと言ったが」


 鳳珠の言葉に白燕は頷く。


「二回目の火災は十六年前に起こりました。これも私は経験がないのですが、旧本家の一部が火災で焼けました。この火災では旧本家よりもその周りにある家屋への被害が酷く、十棟近く全焼したと聞きます」


「原因は何だ?」


「一回目は放火だと聞いております。火の気のない所から急に火が上がったと。二回目は火の不始末が原因と言われてますが、はっきりとしたことは分からなかったらしいです。火の回りが異常に早く、逃げ遅れた者も多かったとか」


 白燕は誰かに聞かされたであろう話を淡々と語る。


 過去の二度の大きな火災は一見、今回の調査には無関係に思える。

 だが、五連玉池のある旧本家は確かめておきたいと蒼子は考えた。


「今、お話した通り、鉱山の麓にあった家はなくなってしまったので、ご案内できるとすれば五連玉池の側にある旧本家になりますが……」


「ぜひ、連れて行ってくれ。五連玉池とは蛇神退治の伝承がある場所だろう。一度見ておく必要がある」


 白燕は『分かりました』と頷く。


「町の様子も見てみたいです。こんな機会は滅多にないですから」


 地図だ、地図を貰えと蒼子は鳳珠に耳打ちする。


「地図を貰えるか?」

「少し古い物でよければございますが」

「構わない」


「では、取りに行って参りますね。少々お待ちください」

「お姉様、蒼子も連れて行ってくれる? 探検したいの」


 蒼子の言葉に白燕は少しだけ困ったような顔をする。


「だめ?」


「わ、分かりました。ですが、私の側を離れないで下さいね。あと、この邸に関わらず、この町にいる間は決してお一人にならないで下さい」


 白燕は蒼子の目線まで屈みこんで真剣な表情で言った。


「分かった」


「じゃあ、私もご一緒するわ。ここは広いから部屋の位置を把握しておきたいの」


 柘榴は白燕に言う。


 柘榴は普通の男性よりも上背があり、隆起した筋肉が服の上からでも分かる体格の良い男だ。


 しかし、話し方が女らしいので初対面の者には驚かれることが多い。

 白燕は急に柘榴に話しかけられて驚いたようで、肩を震わせている。



「あら、驚かせちゃったかしら?」

「白燕お姉様、柘榴は大丈夫。怖くないわ。女心の分かる優しい私の護衛なのよ」


 蒼子の言葉が信じられないのか、白燕は恐ろしいものを見るような目で柘榴を凝視している。


 パチンっと柘榴は茶目っ気たっぷりに片目を瞑って微笑んで見せると、ようやく白燕は警戒を解いた。


「も、申し訳ありません、柘榴様」

「もう~、そんな硬くならないで。柘榴と呼んで頂戴」


 柘榴の明るい声に白燕の表情も柔らかくなる。


「では、姫様、柘榴様、参りましょう」


 返事をする蒼子に白燕は手を差し出す。


 繋げってことか?


 子供ではないが、今は仕方がないだろう。

 蒼子は白燕と手を繋ぎ、柘榴も一緒に三人で部屋を出た。



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