第16話 痣

「こちらです」


 そう言って細く白い腕が目の前に晒される。

 白い腕には赤黒い網目模様のような痣が浮かび、痛々しい様に鳳珠達は眉を顰めた。


「これが現れたのはいつからだ?」

「二か月ほど前でしょうか……最初はこんなに酷くなかったのですが……」


 鳳珠の問い掛けに呂白燕は俯きながら答える。


 蒼子達は呂白燕を蛇神から救うため、詳しく事情を聴くことにした。

 白燕に現れた蛇神の求婚痣とやらを確認している最中だ。


 薬を取りに戻る間に事情を聴いておいてくれと頼んだのにも関わらず、鳳珠は肝心な話をしないで白燕を口説いていたのである。


 白燕の痛めた左手首には薬を塗り、包帯できつく固定した。

 その包帯の更に上、肘の少し下の位置に痣がある。

 白い腕に浮かび上がる赤黒い痣は輪のようにぐるりと一周している。


「段々と範囲が広がっているということか」


 鳳珠が唸るように呟く。


「他にもこれまでに同じような痣が現れた娘はいるのか?」

「痣持ちの者は娘に限らず複数おりますが、このようにはっきりとした模様は初めてだそうです。私自身も初めて見ました」


 鳳珠の問い掛けに白燕は答えた。


 呂家にはその昔、村人達を脅かす蛇神を倒した者の子孫で、蛇神を倒した代償に身体に奇形や痣者が生まれるようになった。


「蛇神の呪いか」


 鳳珠は不思議そうに呟く。

 しかし奇形や痣者だけでなく神力のある者も生まれるようになったという。

 実際に呂家は歴史上、神殿に上がるほどの神力を持つ者を輩出している。


 ここ最近は神殿に上がった者はいないと聞くが、神官神女を神殿に上げて名を大きくした家門だ。


 蛇神から受けたものは呪いだけでなく恩恵もある。


 あと二月で十六歳になるという白燕は痣が現れてからというのもの、大蛇が自分を迎えに来る夢を見るのだという。


「二十数年もの間に私と同じように痣が現れた者が不審な死を遂げています。これも呪いに違いありません……私も蛇神様の生贄になるのでしょうか?」


 俯きながら震える白燕の肩に鳳珠は優しく触れる。


「心配するな、姫よ。必ず私が守って見せる」

「神官様……」


 鳳珠のクサい台詞とその美貌に、白燕は見惚れてしまっている。

 その様子を蒼子と双子は口から砂を吐きそうな顔で見つめ、柘榴は乙女の如く、白燕と同じように鳳珠に見入っている。


 その長い髪でも毟ってやれば煩悩もいくらかマシになるのだろうか。


 視線を甘く絡める二人を見て蒼子は胸の中がムカムカしてくる。

 疲れているのかもしれないな。


 何せ、此処に来るまで六日と半日の長旅だ。

 しっかりとした馬車で途中の宿も綺麗で衛生的、そして安全な旅だったものの、疲労は溜まる。


 胸に違和感があるのも疲れのせいだ。


 今日は早めに休むとしよう。


 ふと、蒼子は白燕の耳が目に留まった。


 父である呂鄭は歪な形をしていたが、白燕は右も左も整っている。


「白燕お姉様、お姉様はお母様に似ているのですか?」


 蒼子は子供らしく白燕に訊ねた。


「そうですね、私も弟も母似だと聞いております」

「もしや、母君は…………」


 白燕の言葉に鳳珠も皆が察した。


「はい。私達が幼い頃に病気で亡くなりました。私も幼かったので母の記憶はあまりなく……父はあんな感じでしたので、私と弟は叔父のいる本家で面倒を見てもらっていたんです」


 叔父とは呂家の当主である呂鴈で呂家の当主代理を務める呂鄭の兄だ。

 可愛い姪の為に一年間無償で働くと宣言した男である。


 あまり構ってくれなかった父親の代わりに、姉弟を可愛がってくれたのだと白燕は昔の様子を懐かしそうに語ってくれた。


 姪に慕われ、自身も相当可愛がっていたようだ。

 姪のために一年間ただ働き宣言も納得がいくかもしれない。


「本家とは……ここは本家ではないのか?」


「いえ、本家……で間違いないのです。私達が昔住んでいたのは旧本家です。中心地から離れた所にあるので不便でして、こちらに移り住んだのです」

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