第15話 苛立ち
蒼子は案内された部屋で荷解きをして、それから鳳珠の部屋に向かうことにした。
鳳珠は先に白燕と話をすると言って宛がわれた部屋に入った。蒼子は柘榴と双子達と共に鳳珠の部屋に向かう。
「これは神力が練り込まれた軟膏。痛みが引くのを早める」
荷物の中から軟膏を取り出して小さな手で落とさないように持つ。
白燕の手当に必要だったので、荷解きをする必要があった。
少し遅くなってしまったが、白燕は痛がっていないだろうか。
蒼子はそれが気掛かりで、自分を抱いて歩く椋を急かした。
廊下を進んで鳳珠と白燕を残した部屋の前まで来たところで椋と柊の足が止まる。
部屋の中から聞こえてくる声に蒼子含め、双子と柘榴は溜息をついた。
鳳珠が白燕を口説いている。
鳳珠の甘い言葉が聞こえてきて、蒼子は目元がヒクっと跳ねた。
おい、この邸の人間は信用できないんじゃなかったのか。
苛立ちながら蒼子は心の中で呟く。
双子は顔を見合わせて深い溜息をつき、特に断りもせずに扉を容赦なくあける。
案の定、二人の距離は近い。
「あまり可愛らしい反応をするな。うっかり手を出してしまいそうだ」
しかし、部屋の中にいる二人は扉が開いて蒼子達が戻って来たことに気付かず、鳳珠は白燕を口説き続けている。
節操なしめ。
蒼子は心の中で鳳珠を罵る。
そして主の姿に双子は揃って額を手で押さえた。
次第に縮まる二人の距離と甘い空気に先に耐えられなくなったのは柊だった。
「出したら最後、貴方は今一番信用を失いたくない人から失望されることになりますが」
柊の冷たい声に鳳珠は壊れた人形のようにこちらを振り返る。
「柊、もう遅いかもしれない」
蒼子を抱いていた椋は柊と共に蒼子の顔を覗き込み、その後憐れむような視線を鳳珠に向けた。
自分が今どんな顔をしているかは分からないが胸の辺りがムカムカして非常に不愉快なことは確かであった。
確かに、白燕は蒼子から見ても守ってあげたくなるような、庇護欲をそそられるような儚さと可憐さがある。
思わず鳳珠が手を差し伸べると見せかけて口説きたくなるのも分からないわけではない。
が、しかしだ。
「女心を弄ぶ詐欺師め」
嫌味の一言も言いたくなるというものだ。
婚姻を阻止したいから協力しろと言って自分を連れてきたのはどこの誰だ。
本来であれば宮廷三神女の蒼子がこんなに簡単に王宮から出られるわけはなく、おそらくは別の者が同行する予定だったはずだ。
宮廷三神女はこう見えても忙しい。
忙しい中、わざわざ私を指名して連れてきたくせに、何だ。
真面目にやれ。女を口説いている場合か。
確かに、外に出られるということに釣られたけれども。
けれどもだ。
私を子ども扱いして少女を女扱いして口説くなど、腹立たしいにも程がある。
誰が、誰の娘だ。この大嘘つきめ。
神官を騙ることも犯罪だ。
この節操なしの害虫め!
女心を弄ぶ詐欺師が!
蒼子は複雑な心中で鳳珠を罵る。
「違う、蒼子。これは誤解だ」
すぐに白燕から身を離し、鳳珠は弁明を試みる。
「見苦しい」
椋の服にぎゅっとしがみつき、鈴のような愛らしい声音で幼子は鳳珠に拒絶を顕わにする。
「姫君、どうかお許し下さいませ。父君を奪ったりは致しません」
清廉な雪柳の花のような女性は鳳珠と蒼子交互に見やり、最後は蒼子に向かって頭を下げた。
誰が『父君』だ。
私の父はこのような節操なしじゃない。
思わず口から出そうになる言葉を蒼子はぐっと堪える。
落ち着け、私。
白燕は全く悪くないのだから。
蒼子は心を落ち着けるために一呼吸おいて白燕を見やる。
「あなたは何も悪くない」
悪いのはそこの眼帯長髪詐欺師なのだから。
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