第13話 呪われた姫


 やはり彼女が『雪柳の乙女』か。


 噂通り、いや、噂以上に美しい娘だ。


 しかしどこか影を感じる。


 蛇神の求婚痣が現れたという娘だが、見えている範囲では痣のようなものは見受けられない。


 身体のどこかにあるのだろうか。


 蒼子は不躾にならない程度に白燕を見つめた。

 微かにだが白燕から神力を感じることができる。

 ここしばらくは呂家から神殿に入った者はいないが、神力は潰えていないらしい。


「失礼します、父上」


 邸の方から一人の少年が駆け寄ってくる。

 その少年の姿を見て白燕はビクッと肩を跳ね上げた。


「何だ、白陽。後にしろ」

「いつものお客様がお見えですが……」


 気まずそうな様子で白陽と呼ばれた少年が告げる。

 白陽の視線がちらりと白燕に向けられる。


「そうか。おい、白燕―――」

「お姉様、とても綺麗ですね」


 蒼子は鄭の言葉を遮るように声を出した。


「私、白燕様のようなお姉様が欲しかったんです。お父様、お父様がお仕事をしている間、蒼子は白燕お姉様に遊んでもっても良いですか?」


 蒼子は鳳珠に愛嬌込めて言う。

 いちいち、身悶えするのはよして欲しい。

 今にも拳を突き上げて喜びそうな顔をする鳳珠の腕に蒼子は爪を立てる。


「いっ⁉……そ、そうだな。私が仕事をしている間、娘の世話をしてもらうとしよう」


 一瞬、痛みで顔を引き攣らせた鳳珠だが、すぐに表情を取り繕って言った。


「は……い、いえ、白燕では色々と不都合が……」

「どの道、その娘には詳しく話を聞く必要がある。それに蛇神から守るためにも私の近くにいる方が安全だからな」


 爽やかな笑顔で鳳珠は言った。

 鄭は渋い顔をしたが、それに対して白燕の表情は明るい。


「では白燕殿、娘を頼む」

「は、はい! お任せ下さい」


 白燕は俯いていた顔を上げ、返事をする。


 鳳珠は人好きする表情で鄭から会話の主導権を握ったまま、相手の都合は聞かずにこちらの要望を押し切った。


 流石であると言わざるを得ない。


 鄭は蒼子達を歓迎はしていないが、王命によってやって来た鳳珠の言葉に嫌とは言えないようで、渋々頷く。


「父上、お待ちのお客様の方は……」

「良い、私が行く。白燕、お前は神官様達をご案内しろ」

「承知しました」

「白陽、お前はおもてなしの準備だ。人を集めろ」

「はい」


 白陽と白燕は父親である鄭の言葉に返事をする。


「鄭殿、気遣いは無用だ」


「いえいえ、せっかく神官様がいらして下さったのですから。来るのは神女だと聞いておりましたので準備不足でして。すぐに準備いたします。お部屋にご案内しますので、そちらで休憩なさっていて下さい」


 そう言って鄭は小走りで邸の中に戻って行く。

 先ほどまでは警戒していたのに手の平を返したような態度が気になった。


「そなたは鄭殿のご子息か?」

「はい、白陽と申します。私は弟で、こちらが姉になります」


 鳳珠の問い掛けに白陽は答える。

 髪の色は姉と似ても似つかないが、綺麗な顔立ちはよく似ている。


「神官様、先ほどは助けて頂きありがとうございました。お見苦しい所をお見せして申し訳ありません」


 白燕が感謝の言葉を述べると白陽は眉を顰める。

 そして苦虫を噛み潰したような表情で白燕から視線を逸らした。


「気にするな。それよりも、本当に怪我はないか?」

「怪我はしている。左の手首を痛めたはずだ」


 鳳珠の言葉に蒼子が答える。


「い……いえ、大したことではありません」



 白燕は手首を抑えながら苦笑する。


「大したことでなくても大したことになるのが怪我だ。椋さん、彼女の手当を」


「承知しました」


 椋は蒼子の言葉に頷く。


「一体、何があってあんなに叱責されていたんだ?」


 鳳珠が訊ねると白燕は言いにくそうに口を開いた。


「我が家では火の元から離れてはならない決まりがあるのですが、少し離れていたのです。勿論、火事にならないように安全には配慮しております」


「安全に配慮していたのに、あんなに怒られたの?」


「父は火が嫌いなのです。火鉢や煙管の小さな火の気も嫌っておりまして……もちろん、生活に必要なものは致し方ないと考えているようですが……」


 白燕の説明に鳳珠は唸る。


 だからと言って、娘を叩くほどの強い叱責が必要なのかは疑問だ。

 正直、異常性を感じる。


「それにしたってあんなにも叱責することはなかろうに。とにかく、手当をしよう」


 鳳珠が手当を促す。

 この件については一区切りつけるつもりのようだ。


「あの、姉の手当でしたら私がします」

「聞きたいこともある。彼女の手当はこちらで引き受ける」


 幼い蒼子のはっきりとした物言いに白陽も白燕も目を丸くした。

 先ほどの子共らしい愛嬌はどこへやったのだと鳳珠は心の中で突っ込んだ。



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