第12話 娘役です

 偉そうに胸を張り、堂々と大嘘をつく鳳珠に蒼子は呆気に取られる。


「おい、どういうつも…………むぐぅ」


 蒼子は一体、何の真似だと鳳珠に問い質そうとしたが、言い終える前に口を塞がれ、そのままいつものように抱き上げられた。


 黙っていろ、と鳳珠が小さく耳打ちする。

 突然のことに椋は蒼子と同じように驚いていたが、空気を読んで沈黙する。


「神官だと? 神殿からは神女が来ると聞いていたが?」


 男は鳳珠の顔に気を取られながらも訝しむことを忘れない。


「神女は急病で来られなくなった。帝は日頃から目をかけている呂鴈殿のためにと、上位神官たる私をここへ遣わした。急な話だった故に文も間に合わず驚かせたことは謝ろう」


 あまりにも堂々とした態度で大嘘をつく鳳珠に蒼子は再度感心した。


 そして神官にしてはあまりにも偉そうだ。

 しかし鳳珠の麗しい顔面とその勢いに男は信じかけている。

 あともう一押しだ。

 こうやって何人もの人間を騙してきたに違いない。


「大神官様とも知らず、失礼致しました。しかし、そちらの子供は? まさか、子連れで王命にあたる者がいるのでしょうか?」


 男は蒼子を見下して言う。

 蒼子を見る目は嫌悪感に溢れており、子供が嫌いだと目が語っていた。


 そして、まだ蒼子達を信じていないことが分かる。


「急なことでな。我々は本来父娘水入らずで旅行をする予定だった。楽しみにしていた愛娘をがっかりさせたくなくてな。帝には特別に許可を得ている故、心配は無用だ」


 鳳珠はそう言って蒼子をぎゅっと抱き直す。


「命よりも大切な娘だ。くれぐれもよろしく頼む」


 宣言するように鳳珠は呂鄭に言った。


 一体、どういうつもりで偽大神官を騙ったのか。

 蒼子は鳳珠の纏う雰囲気がピリピリしていることに気付き、この場で問い質すことは止めた。


 いつもと変わらない老若男女を惑わす魅惑的な笑みの裏側に、微かに棘を感じる。


 仕方ない。

 ここはこの男に乗るしかない。


 蒼子は短い腕を伸ばし、小さな手でぎゅっと鳳珠の服を掴む。


「お父様……蒼子はここにいちゃダメ?」


 大きな瞳を潤ませて涙声で問う。


「蒼子はお父様と一緒がいいです」


 そう言ってわざとらしく顔を鳳珠の肩口に擦り付ける。

 骨張っていてあまり良い心地とは言えないが我慢する。


「………………」

「…………?」


 蒼子の言葉に鳳珠が何か続けてくれるかと思いきや、無言の状態が続き、蒼子は気になって顔を上げた。


 すると目を丸くして固まっている鳳珠と目が合った。

 そして鳳珠の表情が感極まったように解けていき、蒼子を強く抱き締める。


「あぁ、蒼子! お前というやつは……! 心配するな、父はそなたの側にいる」


 鳳珠は頬を緩めてとびっきり甘い声で蒼子に頬ずりする。 


 おい、演技だぞ。

 本気で感動するんじゃないっ!

 蒼子はきつい抱擁から逃れようともがくが鳳珠の腕はなかなか緩まない。


「ゴホン!」


 わざとらしい咳払いに振り返ると呂鄭が冷めた目でこちらを見ていた。


「話は分かりました。皆さまを歓迎しましょう」

「感謝する」


 鳳珠は爽やかに礼を言った。


 よく見ると呂鄭の左の耳が歪な形をしている。

 顔は端正で世間一般的には男前といわれる部類だろう。

 年齢の割に女性に好まれそうな顔立ちをしている。


「流石、美男美女が揃う呂家だ。呂鄭殿もなかなかの男前でおられる」


 感心したように鳳珠は呟く。


「神官様ほどではありませんよ」


 嫌味っぽく呂鄭は言う。


 次に呂鄭は少女に視線を向けた。


「この娘は私の子で白燕と申します」

「……白燕と申します。お見知りおきを」


 小さくお辞儀をすると白銀色の髪がするりと流れ落ち、その様子が華奢な枝に咲く雪柳の花のように見えた。


 白色の可憐な花をつける雪柳は白燕にとても似ていると蒼子は思った。

 美しい顔立ちだが、その表情はどこか暗い。


 まさか、父親から暴力を振るわれていたとは思わず、蒼子は少し驚いた。


 そして並んだ呂親子を見ると対照的に見えた。


 呂鄭は金糸で派手な鳥の刺繍が施された上質な上着を羽織り、指には大きな宝石が嵌まった指輪をいくつも身に着けている。


金回りの良さが見て取れるが、父に比べて白燕の方は華美とは言えない質素な衣類だ。

 安くはないが高くもない。使用人のお仕着せにしては高価だが、貴族が身に着けるにしては質素な作りだ。


 顔立ちは似ている気がするが、何か違和感を覚える親子だ。

 親子だと言われなければ主人と使用人に見える。

 それだけ二人には差があるように感じた。


「美しい姫だな」


 鳳珠はまじまじと白燕を見た後にぽつりと呟く。


「神官様のお目に留まるとは光栄です。こう見えても白燕は舞の名手でして、雪柳の姫と呼ばれており、この町では知らぬものはいないほど有名なのですよ」


 娘の紹介の仕方にも何だか違和感がある。

 まるで商品を紹介するかのような口振りだ。


 蒼子は視線を白燕に移す。

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