第11話 偽大神官
三人は声の方を振り向くと視線の先には東屋があり、人影がある。
「行ってみよう」
鳳珠は蒼子を抱いたまま歩き出し、椋が後を追う。
何やら男の怒声が聞こえてきた。
東屋が近づくと次第に男の声や姿が明瞭になる。
一方的に女性を怒鳴りつけているようだ。
「私はただ……神女様達をお迎えしようと……」
「うるさいっ! 口答えするな! 私の言う通りにしろ‼」
男は再び怒鳴り、女性に向かって腕を振り上げた。
「やめろ!」
鳳珠が叫ぶ。
しかし、怒鳴り声を上げる男とはまだ距離があり、間に合わない。
「我が眷属たち、鎖となりて彼の者を拘束せよ」
蒼子は涼し気な声で唱える。
すると、地面から水で編まれた鎖が現れ、男の身体に絡みつく。
「な、何だ⁉」
男は驚き、声を上げる。
振り上げた腕と身体に水の鎖が巻き付き、身動きが封じられている状態で、何が起きたのか理解できていない様子で呆然としていた。
蒼子は鳳珠の腕から降り、東屋の床に座り込む少女に駆け寄る。
「大丈夫か?」
蒼子が声を掛けるとビクッと少女は肩を震わせた。
「落ち着いて。大丈夫」
蒼子はできるだけ優しく声を掛ける。
すると衣の袖で顔を隠していた少女が恐る恐る顔を上げる。
その美しさに蒼子は見入ってしまう。
白銀色の美しい髪、色白で小さな顔、鳶色の瞳を縁どる睫毛にはキラキラと輝く雫がついている。
唇はぽってりと厚く、華奢で可憐な印象の中に女性らしい色香を纏っているがまだ少女と言ってもいい年齢に見える。
歳は十五、十六くらいだろうか。
「怪我はないか、姫君」
鳳珠は甘ったるい声で少女の前に屈み込み、手を差し出した。
少女は怯えながら、何が起きたのか分からない様子で差し出された鳳珠の手を取らぬまま固まっている。
鳳珠を見て怯えている少女と鳳珠の間に蒼子は割って入った。
「立てる?」
蒼子は優しい声音で訊ねる。
すると、少女は俯いたままぎこちなく頷く。
そしてゆっくりと立ち上がった。
「な、何なんだ、貴様らは! これは一体なんだ⁉ 私を呂鄭と知っての狼藉か⁉」
男は狼狽えた様子で鳳珠に向かって叫ぶ。
なるほど、この男が……。
この中年男は呂鴈の弟で呂鄭という。
本家を離れている当主の代わりに当主代理として本家及び、この町を仕切っている。
話によれば蛇神の呪いを信じている呂鴈と違い、弟の鄭は全く呪いを信じていないらしい。
確かに、『呪い』などを信じて怯える繊細な性格には見えない。
故に、昔から呪いに対する危機意識の違いから顔を合わせる度に言い合いになるらしい。
町の人間は弟よりの思考で、兄は周りから面倒な存在に思われていて、疎まれてるようだと聞いている。
蒼子は呂鄭を観察しながら、情報を整理する。
「おい! 聞いているのか⁉ 放せ、無礼者‼」
呂鄭が顔を真っ赤にしてがなり立てる。
未だに拘束されたままの呂鄭に鳳珠は向き直った。
蒼子はそれに合わせて呂鄭にかけた術を解いた。
何があったのかは分からないが、流石に鳳珠や椋の前で再びこの少女に手を上げようとは思わないだろうと考えたからだ。
手を上げたとしても鳳珠と椋が止めるだろう。
「あぁ、申し遅れた」
濡れ羽色の艶やかな髪を揺らし、流れ落ちた顔回りの髪を手で優雅に払う。
呂鄭が鳳珠の顔を見て息を飲むのが分かった。
右目が眼帯で隠れていても鳳珠の無駄に整った顔は輝きを失わない。
むしろ、眼帯があることによって色気が増して見えるのだから不思議である。
呂鄭は鳳珠の美貌を前に完全に言葉を失っている。
流石、老若男女を虜にする絶世の美貌だ。
鳳珠にかかれば中年男から言葉を取り上げることも容易いらしい。
蒼子は心の中で感心する。
確かに、帝が言っていた通り、鳳珠の顔は色々な場面で使えそうだ。
そんなことを考えていると鳳珠は耳を疑う言葉を口にする。
「王命によって呂家の呪いを調べに来た。大神官の林鳳だ」
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