第9話 琉清へ
「蒼子、仕事が片付いたら町を歩いてまわろう」
蒼子を膝に乗せて、揺れている馬車の中で鳳珠は言う。
その言葉に蒼子は驚いて、夢中で頬張っていた焼き菓子をぼろっと落とした。
「落ちたぞ」
手巾で落ちた菓子を拾い上げて、お菓子のカスだらけになった蒼子の口元を楽しそうに拭く鳳珠に向かいに座る双子は渋い顔をした。
「あなたはもっと真剣になった方がよろしいかと。遊びに来ているのではないのですよ」
「大人しく身を固める準備をするというのなら構わないが」
柊に続いて椋が呆れ声で鳳に言う。
二人の言葉に鳳珠は分かりやすく嫌そうな顔をした。
「そうですね。今後のことを考えると後ろ盾の一つや二つ持たなければなりませんし」
「欲を言えば高位の貴族から娶りたいところだが」
「お前達、私の結婚話を勝手に進めようとするな」
柊と椋の冗談なのだが、冗談であってもこれから広がっていくであろう双子の会話を止めようと不満を口にする。
「私はまだ結婚する気はない」
双子の冗談を真顔で返す。
胸を張って言うことではないと思うけどな。
心の中で蒼子は溜息をついた。
鳳珠は王都に戻って日が浅い。
皇帝はその身に王の証である王印を持つ。
王印に選ばれた者が次の皇帝となるが例外もある。
鳳珠は十年以上の長い間、王宮に戻ろうとしなかったこと、自発的に出て行ったことが鳳珠を蹴落とそうとする連中の隙になるだろう。
そして今この立場が不安定な状況で婚姻を結べば、高位の娘であれば家門の傀儡に、下位の娘であれば手に入る政治的な権限を得るのが難しくなる。
強い後ろ盾は欲しいが、充分に見極める必要がある。
どう考えても婚姻を結ぶ時期ではない。
自分が置かれている状況を理解しているようで蒼子は少しだけ安心する。
元々頭の良い男だ。
それに彼には柊と椋がいる。
城を出てからも鳳珠を側で支えた双子達だ。
険しい道ではあるがこの男なら足を引っ張り合い、蹴落とし、踏みつけようとする輩を上手く相手取り、玉座に着くこともできるだろう。
「私が妻を娶れば女達が悲しむからな」
その言葉に蒼子は薄く笑い、色香を漂わせる鳳珠に冷たい視線を向ける。
「何だ、蒼子。やめろ、違う。冗談だ」
軽蔑するような蒼子の視線に耐えきれないとでも言うように鳳珠は否定する。
「過去の女に苦しめられる相が見える。さっさと謝って縁を切ってくることだ」
「何だと? 過去の女? 誰のことだ? いや、違う。私は断じて未練がましい女とは付き合っていな……おい、蒼子。やめろ、そういうんじゃない」
蒼子の言葉を否定しながらも自分の過去を振り返り、思い当たる節があるような、ないような顔をする。
「みなさ~ん、もう少しで着きますわよ~」
御者を務める柘榴が外から声を掛けてきた。
王都を発ち、馬車で六日と半日かけて訪れたのは山に囲まれた琉清という町だ。
山の中腹にある町で緑と清い水が豊富で山では果物栽培が、平地では稲作が行われており、この町で取れる作物から作られる酒は絶品であると王都からも食通が足を運ぶ豊かな町である。
険しい崖から流れ落ちる滝と滝の水が二つに枝分かれして出来た川ともう一方は大きな池があるという。
その池は過去の水害で水が溢れることで水路が作られ、その先にも四つの池ができた。
全部で五つの池は玉が五つ連なって見えることから五連玉池と名付けられたらしい。
滝も池も美しく、観光名所となっている。
そんな町に呂家の本家があり、蒼子達はまず最初に呂家の当主代理と姫君である呂白燕に会うことになっている。
当主である呂鴈は諸事情で遅れて到着する予定である。
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