第8話 親心

「石英」

「何でしょうか?」


 皇帝鳳環から声が掛かり、石英は側に寄る。


「あいつはあの神女が子供だと思っているのか?」


 蒼子を腕に抱き、放そうとしない鳳珠を見て鳳環は疑問に思ったことを石英に問い掛けた。


 しかもデレデレと鼻の下を伸ばし、子煩悩な父親のような顔をすることに驚いた。


 蒼子を見つめる優しい眼差し、溶けそうなほど緩みきった頬、この王宮から姿を消した頃とは大きく違う。


 あの頃はまるで今にも喉元を嚙み切るのではないかと思うほど獰猛な目つきをしていた。


 母を亡くし、ここを出て過ごした年月は息子を変えたようだと鳳環はしみじみ感じる。


 私が憎いことだけは変わらないようだが。


 当然か……。


 濡れ羽色の艶やかな髪、整った顔立ちは母親によく似ている。

 鳳珠に睨まれると鳳珠の母に睨まれているように思えてならない。


 恨みも当然あるだろう。


 父親のようなことを口では言っても、自分はロクな親ではないという自覚はある。


「おそらくそうでしょう。お伝えしますか?」


 その問いに鳳環は首を振る。


「面白い。そのままにしておけ」


 完全に蒼子を幼子だと思っている鳳珠が真実を知った時が楽しみでならない。


「陛下、工部尚書が着いたようです」

「通せ」


 蒼子と入れ違いにその父である硝莉玖を呼び出した。

 到着した莉玖は中年であるというのに鳳珠と変わらない年の青年の姿をしていた。 

 生真面目な表情で謁見の間に入って、鳳環の前まで来ると頭を垂れる。


「顔を上げよ」


 莉玖はゆっくりと顔を上げる。


「若作りか?」


 実年齢は五十代のはずだ。

 それがあまりにも若々しい青年の姿をしているため、鳳環は嫌味っぽく言う。


 蒼子も幼子の姿をしているが、今年で十九になる成人女性である。

 親子揃って過度な若作りをしおって、と内心の羨ましさが思わず言葉として出て来てしまう。


「好きでこの姿になっているわけではありません」


 この一族は疲労や健康状態によって身体が若返ったり年を取ったりする特殊な体質を持つ。

 それだけ神力の影響を強く受けている一族なのだ。


「何か御用でしたでしょうか?」


 莉玖の言葉に鳳環は本題に入ることにした。

 そして石英がとある物を莉玖の前に出して見せる。


「これは東の島国の民族衣装ですね。これをお召しの方は随分と位の高い貴人のようだ」


 服は手触りが良く、質の良い生地で色鮮やかない糸で華やかな刺繍が施してあるが新品ではない。

 肩や袖に着用していた痕跡が見られる。

 金糸や銀糸が多く使われていることから身に着けていたのは平民ではない。


「先日行った花街でこれを身に着けた遊女がいた。美しい娘だったが、言葉や発音にクセがあってな。話を聞けば、外出先で攫われて船に押し込められ、ここへ連れてこられたと」


「人身売買ですか」


 鳳環は頷く。


「この国では国内外ともに人身売買を禁じている」


 花街には親に売られた女は多いがそれは生活のために仕事を行うためだという体裁がとられている。

 親の合意の元、花街に送られる者と拐わかされた者とは明確な区別があり、後者は許されない行為だ。


「拐わかされた者と知りながら買う楼主達も裁く法案を入れねばなりませんね」


 莉玖は淡々と言う。


「それもそうだ。その前にやってもらいたいことがある」


 莉玖はあからさまに嫌そうな顔をした。

 既に察している。流石は能吏と名高い男だ。


「最近外国から拐わかされ、我が国に入国する者が増えている。大本を叩け」


 一瞬、本当に面倒だと言わんばかり表情になるが、すぐにいつも通りのすました顔に戻る。


「仰せのままに」


 莉玖は深々と頭を下げ、退出する。


「相変わらず、表情と行動が伴っておらん奴だ」


 鳳環は苦笑し、背もたれにもたれた。


 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る