第6話 勅命再び


 聞き間違いか?


「神女、こちらへ」


 そう言ったのは玉座から蒼子達を見下ろす皇帝、緋鳳環だ。

 鳳珠は蒼子を抱えたまま鳳環の前に出た。


「そなたらには呂家に行ってもらう」


 そら来た。

 嫌な予感は当たるのだ。


 この絶妙な間で帝に呼ばれたということは天倫は最初から知っていたのだろう。

 天倫から前もって情報を得ていたおかげで、何となく自分が呼ばれた理由は理解できた。


 蒼子は自分を抱えている男を見やる。


 何故、この人まで?


「呂家の者が家門に巣食う呪を払って欲しいそうだ。大事な姪に蛇神の求婚痣が現れたと。あの者は大事な娘を蛇くれてやる気はないらしい。面倒だが、礼部尚書は呪いが解かれれば一年ただ働きするというのでな」


「姪?」


 てっきり娘だと思っていた蒼子は思わず聞き返す。


「あぁ。礼部尚書、呂鴈は呂家の現当主で求婚痣が現れたのはその姪だ。あの風貌の男の姪とは思えぬ美しき娘でな」


 気の毒そうに鳳環は言う。


「一族みな、端麗な容姿であるというのに、あの男だげ何故かあの風貌。気が良くて、優秀。あれで顔が良ければ結婚も出来ただろうに」


 あの風貌、と口にしたくなる程度には呂鴈は残念な容姿らしい。


「聞いていると思うがここ二十年で呂家は一族の不審な死が相次いでいる。次は可愛い姪が犠牲になると、不安と恐怖でろくに眠れぬ日々を過ごしているそうだ」


 そこで可愛い姪を想う呂鴈の気持ちを無下には出来ぬと、と条件を飲むことにしたと鳳環は言う。


「愛とは美しい」


 心にもないことを。


 感嘆の声を漏らす男に蒼子は心の中で毒づく。


 尚書位の俸禄一年分など、帝にとってははした金だろうに。


「本来であれば下位の神女を行かせるところだが、そこの皇子がお前を連れて行くと言って聞かぬのでな」


 鳳環の言葉に蒼子は驚く。


『外に出られるぞ、蒼子』


 先ほどの鳳珠の言葉が脳裏に蘇る。


 まさか、私を喜ばせるために私を呼んだのか……?


 以前、鳳珠に出会った港町で見た景色は蒼子にとって新鮮で興味深く、感動をもたらした。


 胸が高揚するような感覚が蘇ってくる。


 最高位の神女ともなれば王宮の外に出るのは難しい。

 外に出ることが許されるのは年に数回の実家帰省のみ。

 幼い頃から神殿にいる蒼子はあまり外の世界を知らなかった。


 外の世界の美しさを知ったのは鳳珠に出会ったからだ。

 彼を探すことがなければ蒼子はあの美しい景色を知ることはなかっただろう。


 外に出られる、そう思うと蒼子の表情は大人びたものから年相応の幼さに変わる。


「出発は二日後だ。楽しみにしておけ」




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