第5話 鳳珠との再会

 蒼子の視線の先にある玉座に腰を据える男と視線がぶつかる。


『来たか』


 男の目がそう言っているのが分かり、蒼子は気が重くなった。


 嫌な予感とは高確率で当たるものだ。

 今度は私に何をさせるつもりだ?


 そう考えながら謁見の間に足を踏み入れると視界の端から誰かが駆け寄って来るのが分かった。


「蒼子!」

「うわっ」


 端正な顔立ちと長い濡羽色の髪、右目を隠す眼帯が印象的な青年は軽々と蒼子を抱き上げ、両腕を高く伸ばす。


「久しぶりだな、元気だったか?」


 目線はいつもよりもはるかに高く、蒼子は自分を抱えている青年を見下ろす。


 青年の名は緋鳳珠。

 王命によって蒼子が居場所を突き止めたこの国の第三皇子である。


 子供の頃に双子の従者と共に王宮を出奔し、市井で生活していたところを蒼子が見つけ出した。


 連れ帰ることはしなかったが、自身の意志で王宮へと戻ったことによって王宮は騒がしくなった。


 貴族達は今後、どの勢力派閥に身を置くかを考え、鳳珠の様子を窺っている。


 かつて神童と呼ばれた第三皇子は眼帯に隠された右目に王印が刻まれている。

 じきに権力者の甘い汁を啜りたがる者は尾を振り、権力に固執する者は鳳珠を排除しようと動き出すだろう。


 これからの鳳珠の動きによって貴族達の動きも大きく変わってくるはずだ。


 欲望と怨恨が渦巻くこの場所で自分の力を示して生き残らなければならないというのに……。


 蒼子は自分を高く抱き上げて嬉しそうな表情をする鳳珠を見て溜息をつく。


「……降ろして。私は子供じゃない」

「相変わらず子供らしくない奴だ」


 そう言って鳳珠は明るい声音で蒼子を抱き直し、蒼子は鳳珠と同じぐらいの高さまで降ろされた。


 同じ目線になった鳳珠の顔を蒼子はまじまじと見つめた。


 相変わらず無駄に整った顔だな。


「何だ? そんなに私の顔が好きか?」


 鳳珠は口角を上げて艶っぽい笑みを浮かべた。

 老若男女問わず心を揺さぶられる甘く色っぽい笑みだ。


 普通の女性であれば昏倒するかもしれないが、蒼子に対しては無駄遣いである。


「女難の相が見える。乗り換えるならきちんと清算してから乗り換えることだ」


 冷たい蒼子の言葉に鳳珠は固まり、次第に渋面へと変わった。


「…………お前のような子供にそんな言葉を教えた者は一体どこのどいつだ? 正直に話せ。私がお前の教育係を選び直してやる」


 鳳珠は眉間にシワを寄せ、心底真面目に言う。


「私は子供じゃない。教育係などいらない」

「お前……言葉遣いには気を付けろよ。外にいた時の方がマシだったぞ」

「保護されている身なら敬意を払うのは当然のこと。でもここは違う」


 果たして敬意を払われていたのだろうか、と鳳珠は思い返す。


「それよりも、貴方は何故ここにいる?」

「少しは私に会えたことに感動しろ」

「それで、何故貴方はここにいるの?」


鳳珠の言葉は無視して再度問う。


「聞いて喜べ。外に出られるぞ、蒼子」


 その言葉を聞き、蒼子は呆然とする。

 そして蒼子の見開いた瞳の奥がきらきらと輝く。


「私はまだ結婚する気はない。手伝え」

「は?」


 蒼子はキリッとした顔でその言葉を口にした鳳珠に首を傾げた。

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