第4話 伝承
その昔、とある小さな村に蛇の神がいた。
気性の荒いその蛇神は事あるごとに野を荒し、田畑を荒し、家畜を荒す。
村人達は若い娘を何人も花嫁として生贄に捧げるがそれでも怒りは収まらない。
ある日、村長の息子が蛇神に村への嫌がらせを止めるよう、説得すると言って出かけて行った。
そして帰って来た息子は『蛇神は悪神ではない。悪いのは私達の方だ』と蛇神を庇う。
蛇神に唆されたのだ。
怒った村長は村人と共に蛇神の住処に火を放ち、蛇神を倒した。
蛇神を倒したことで村には平和が訪れた。しかし、蛇神を倒したことで蛇の呪いを受けることとなり、同時に神力も得たという。
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「奇形ねぇ……」
「呂家の当主は現在の礼部尚書。彼は左手の小指が生まれながらに欠損していて右耳が裂けているそうよ」
蒼子はお茶会を終え、迎えに来た従者の柘榴に抱かれて水の神殿に向かっていた。
長い回廊を柘榴と同じ目線で進んで行く。
「雪柳の乙女を見たことがある?」
「あるわよ。すっごく綺麗な子だったわ。舞も息を飲むほど素敵なのよ」
呂家の姫、呂白燕は宮で開かれる宴に引っ張りだこだと聞く。
「宴や祭事には礼部が関わって来るものね。一族の娘を妃にしようって魂胆もあるんでしょうね」
柘榴の言葉に蒼子も頷く。
神官や神女を続けて出したことのある呂家だが、最近は神力のある者は生まれておらず、力を落としている。
ただ古いだけの家門に成り下がる前に娘を妃にして家門の勢いを取り戻そうとしているのだろう。
よくある話だ。
子供は親の道具、こと女に関しては特に。
皇帝の妃になるのか、皇子達に輿入れするのか、はたまたどこかの有力な貴族に嫁ぐのか分からないが蒼子はその姫に同情する。
自分もいつかは誰かに嫁ぐ。
その相手は自分の意志では決められなだろう。
女は高貴な身分になればなるほど、高い地位を得れば得るほど、好いた相手と結ばれることは叶わない。
互いに気持ちが通じ合って結ばれるのは奇跡といえる。
どうかその姫を見初める男が姫を大切にしてくれる男であることを願う。
これは世の女性全てに蒼子がかねてより願っていることである。
「神女様、失礼致します」
正面から現れた男は備石英という。
「帝の側近が何用だ?」
蒼子の言葉に石英は深々と頭を下げる。
「皇帝陛下がお呼びです。そのまま鳳凰宮にいらして下さい」
ちっ。
蒼子は心の中で舌打ちをする。
嫌な予感がするな……。
「悪いが断る。どうせ碌なことじゃない」
「そういえば神女様に新しい縁談の相手を近いうちに紹介すると言っておられました……今はお忘れになっているようですが、いらっしゃって頂けない場合はもしや思い出してしまうかもしれません」
「私を脅すつもりか?」
「滅相もございません」
蒼子がねめつけると石英はブンブンと首を振る。
ちっ……せっかく婚姻話を白紙にしたというのに、あの男はもう次の相手を見つけているのか?
蒼子は心の中で盛大に舌打ちをする。
「そういえば、紅玉殿も独身でしたね。一度、私の妹と会っては頂けませんでしょう…………か…………」
石英は自身を取り巻く冷気に気付き、顔を青くして、息を飲んだ。
足元から自分を中心に水が渦を巻き、石英を飲み込もうと這い上がっている。
「そ、蒼子様、いけません」
「バレないようにすれば問題ない」
鈴のような声は冷ややかで背筋が凍えるのではないかと錯覚するほど。
「申し訳ありません! 冗談です!」
石英は自分が言ってはならないことを口にしてしまったことを猛反省して頭を下げる。
足元から這い上がってくる水は自分の腰まで来たところで消失し、石英は安堵した。
「大変失礼致しました」
「早死にしたくなければ発言には気を付けるんだな。柘榴」
「はい、蒼子様」
深々と頭を下げる石英に蒼子はふんっと鼻を鳴らし、柘榴に鳳凰宮へ向かうように言う。
しばらく長い回廊を歩き、渡り廊下を進み、鳳凰宮へと足を踏み入れる。
謁見の間に着くと柘榴は抱えていた蒼子を優しく丁寧に降ろす。
「ありがとう」
「とんでもないですわ。私はこちらでお待ちしております」
蒼子は頷き、謁見の間の扉の前に立つ。
「開けろ」
蒼子の言葉に扉を守る兵士はゆっくりと扉を開いた。
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