第2話 世間話

「そなたはどう思う?」


 紅色の衣を纏う女は煙管を片手に蒼子へ問う。


 たっぷりとした黒く長い髪を結い上げて簪を差し、襟を大胆に寛げることで顕わになる肌は健康的な肌色をしており、豊満な胸元は帯を締めることでより強調され、人間の情欲に訴えかけてくる。


 まるで高級遊郭の妓女のように婀娜っぽい女は江天倫。

 この緋鳳国において宮廷三神女の一人であり、火を司る者だ。


 蒼子は小さな身体で短い腕を思いっきり伸ばし、机の上に置かれた焼き菓子を摘掴み、口に運ぶ。


 そして言った。


「別にどうも思わない」 


 天倫の問いに素っ気なく答える。


 天倫と同じく宮廷三神女の一人である水の神女、硝蒼子は帝から『行方不明の皇子を探し出せ』と命じられ、ひと月ほど前にその仕事を終えたばかりであった。


 不在期間が長く、神殿に戻ってからも溜めていた仕事の山を片付けるために、落ち着かない日々が続いた。


 ようやく日常を取り戻しつつあったところで、天倫から茶会の誘いを受けたのである。


 本来であれば大人である蒼子だが、極限状態まで疲労が溜まり、自身の体質から身体が縮んでしまっている状態だ。


「それと、私を降ろせ。膝に乗せるな」


 今現在、蒼子がいるのは天倫の膝の上だ。


「良いではないか」

「良くないから言っている」


 ちっ、と小さく舌打ちをして天倫は渋々蒼子を膝から降ろして隣に座らせる。


「それで、そなたは考えは?」


 天倫は改めて蒼子に問い掛けた。


「今の話だけでは判断できない」


 蒼子は真剣な声音の天倫に言う。


 天倫が住まう日の神殿に三神女が集まり、話題になったのは『呂家が蛇神に呪われている』というものだった。


 宮廷文官に呂鴈という中年の男がいる。

 この男の家、つまりは呂家が蛇神に呪われているといのだ。


 呂家は非常に古くからある家門で、神殿に神官神女を輩出し、地位を盤石なものにした家門である。


 その呂家には遥か昔、荒ぶる蛇神を倒して村人を守ったという伝説が残されており、蛇神を倒したことでその神力をものにしたといわれていた。


 今回、問題になっている呪いの元凶がこの蛇神だということらしい。


「ですが、蒼子様。呂家は昔から身体に奇形や欠損、痣を持つ方が多く、ほとんどの方が短命だと聞きます。これは呪いではないのでしょうか?」


 控えめな態度で会話に混ざるのは風の神女である翠桜嵐だ。


 淑やかで落ち着いた雰囲気とこげ茶色のふわふわと波打つ髪が印象的だ。

愛らしい顔立ちだが、額の右側に傷がある。


子供の頃に大怪我をしたらしく、その痕が消えないのだという。


子供の頃の怪我の痕が消えないということは相当大きな怪我だったのだろう。


今年で十六になる花嵐は落ち着いているためか、年齢よりも大人びて見える。


 ちなみに天倫は蒼子が神殿に来てから容姿の変化が見られないので年齢不詳だが、イタズラが大好きな子供の様な大人である。


 蒼子は天倫を狐か化け猫の類だと考えている。


「身体の奇形や欠損、痣については身の回りにいないかもしれないが一定数は存在する。呪いだと断定はできない」


 この手の話は『気のせい』と『偶然』であり、それらが重なって起こることがほとんどだ。


 偶然が重なり、誰かがそれを『呪い』と騒ぎ立てる。

 よくあることだ。

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