8-5
エルドラードの不意打ちは完全に成功した。
アナトは完全に怯えてしまっていた。そのエルドラードはというと、すでに少し離れた場所へと戻り、開始時刻を悠々と待っている。ランキング戦が今にも始まろうかというのに、始まる前から勝敗が決まりかけていた。
アナトはその場に残され、茫然自失で虚空を見つめている。トヲルや暗黒、シオンや紅緋も狼狽えた。彼らが話しかけても、もはやアナトの耳には何も届かない。すでにギガント体であり、暗黒が身体を揺さぶることもできないのだ。
そして無情にも、開始のブザー音が聞こえ始めた。トヲルは叫ぶ。
「ア、アナト!もう開始だ!聞こえているか!?始まったんだぞ!!」
だが、相変わらずアナトの反応がない。彼女の視界は、もはや何も見ようとはしていない。奥底に仕舞い込んだ心の弱さは、すでに表層へ滲み出していた。
戦闘開始のブザーが鳴り終わると、エルドラードはゆっくりと向かってきた。そして、急にスピードを上げて突進をしてきた。もはや一刻の猶予もない。
「アナト!アナトぉ!!」
トヲルの声は届かない。
その時、アナトはほんの少しだけ冷静さを取り戻しかけていた。だが、視界の端に金色の物体が映ると、身体を強ばらせてしまう。
「おおっと!」
エルドラードはそんなアナトの様子を確認した後、わざとらしく大仰に止まる。そして、一瞬だけ突進するかのようなフェイントを見せるのだ。冷静に見えれば、ただの子供騙し。悪戯のような仕草だ。
だが、恐怖が上回ってしまったアナトにとって、それもうフェイントではなかった。その一瞬一瞬に一々反応し、身体をビクンと硬直させる。エルドラードの方も面白がって、何度も何度もそれを繰り返す。
シオンは、苛立ちを隠そうともせずに言い放つ。
「クソッ!!アイツ、性格悪いぞ!!楽しんでやがる!!」
普段はニコニコとしている瑤姫も、一様に苛立っているのが分かる。シオンの後頭部をバシバシと叩いては、歯軋りをしていた。
エルドラードはアナトの前に立ち、巨大なハンマーを担ぎ上げる。
「ははは、お前面白ぇな。でももう、飽きたわ。さっさと殺してやる。・・・ほらよ、思う存分派手に死んでこい!!」
アナトの目に、黄金の塊が降ってくる。目を瞑るアナト。
その時、アナトの耳に声が飛び込んできた。
「アナト!!逃げろ!!」
それはトヲルの声だった。
ハッと我に帰るアナトは、目を瞑ったまま懸命に避けた。だが、彼女はなぜかエルドラードのいる方向へと避けてしまった。だが、それはエルドラードには予想外の状況で、足元へタックルを食らう形になってしまう。
足元を掬われる形になったエルドラードはすっ転ぶ。何せ、超重量のハンマーを振り下ろしている最中なのだ。普段は鎧の重量があるため、そんなタックルは屁でもない。だが、丁度荷重が移動していてために、体勢を崩してしまった。
「ぐはっ!?・・・なっ!?テメェ・・・?」
「ひぃ!」
エルドラードは地表に叩きつけられたが、すぐに起き上がる。かなり苛立っているのが分かった。アナトはまた身体を縮こませる。
その不思議な状況に、シオンは驚いていた。
「な、なんで避けられたんだ?ってか、これ、カウンターじゃん!今の、後ろに下がってたら、余裕で追撃喰らってたぞ?」
「心は折れても、訓練は無駄ではなかったか。身体は覚えていたようだな。」
暗黒はほくそ笑む。トヲルは疑問だった。
「攻撃は教えてないんじゃなかったのか?」
「今のは攻撃ではない。ただの偶然だ。よぉく見てみろ、やった当の本人が一番困惑しているわ。」
暗黒の言葉を聞いたトヲルは、アナトを観察してみる。ギガント体で表情は分からないが、訳がわからずオロオロとしているのはすぐに分かった。
「考えてもみろ。あの金鎧、STR極振りビルドとは言え、AGIにも多少は振っているだろう。そもそもの総出力値が違い過ぎるのだ。例えアナトがAGI極振りにしたところで、そこまで差はない。速さだけで翻弄なぞ出来んわ。」
「・・・そのために、装甲外したってことか?」
「たしかにそれもある。だが、戦いにおける速さとは、単純な速度のことではない。そんなに単純なら誰も苦労はせん。」
そんなことを話している間に、エルドラードはアナトへと襲いかかる。
暗黒は叫んだ。
「アナト!怯えるな!練習を思い出せ!さっきのは偶然ではない!ヤツは、貴様の速度には追いつけない!見せてみろ!貴様の本当の速度を!!」
「ふぁい!!」
アナトは、戦闘開始から初めての返事をした。
そして、エルドラードのハンマーをギリギリで避ける。だが、それは後方に避けるのではなく、エルドラードの真横へと移動する。しかもそれは一度だけでなく、何度も行われる。ハンマーは幾度となく空を切り続けた。
暗黒はニヤリと笑う。
「そうだ。それが正解だ。戦闘における速度差とは、相対的な位置取りのことだ。相手からは遠く、自分からは近い場所。攻撃をすれば、必ず死角ができる。退くな、飛び込め。そこにこそ、起死回生の一手が生まれる。」
エルドラードは気付き始めた。相手は相変わらず屁っ放り腰ではあるが、何か様子が変わってきたことに。
XR戦記 白昼夢のダーク アジトイワシ @ajitoiwashi
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