夜が消えた日

旗尾 鉄

第1話

 最後の朝を迎えたのは、いったい何日前だっただろうか。


 最後に夕日を眺めたのは、それよりももっとずっと前だ。




 始まりは、約三年前のことだった。地球の自転速度が、急激に低下し始めたのである。一日は二十四時間。そんな常識が、いとも簡単に崩れた。一日の長さは二十四時間三十分になり、二十五時間になり、二十八時間になっていった。


 世界中の科学者がその英知を結集し、あらゆる角度から原因究明にあたった。だが、数か月に及ぶ研究の結果は、人類にとって絶望的で残酷なものだった。


 スーパーコンピュータによるシミュレーションによって、今後の予測が示された。自転速度は低下を続け、最終的には公転速度と一致したところで安定する、というものだった。自転速度低下の直接的な原因は不明である。


 科学者によれば、自転速度と公転速度が同じになる現象自体は、特異なことではないという。身近な例としては、月がそうだ。月は約二十七日あまりの周期で自転しつつ、同じ周期で地球の周りを公転している。地球の引力の影響でそうなるらしいが、同じことがなぜ太陽と地球の間で、しかもこれほど急激に起きたかは謎だという。


 ともあれ、地球環境が激烈に変化することは確実になった。月が常に一方向を地球に向けているのと同じく、今後、地球は常に一方向を太陽の側に向けることになるのだ。太陽の側を向くほう、つまり昼になる地域は、気温の急上昇によって数年以内に人間が生活できる環境ではなくなる。


 パニックを避けるため、その地域は極秘とされた。だがすぐに情報は流出し、各国政府も認めざるをえなくなった。太陽に正対する昼の地域は、アジアだった。近いうちに、アメリカには永遠の夜が、欧州とアフリカには永遠の朝が、太平洋には永遠の黄昏が訪れる。


 富裕層は、アジアを脱出した。朝と夕の地域は比較的生活しやすいだろう、などとマスコミが憶測で取り上げたため、欧州やアフリカ、太平洋諸島の地価が暴騰した。マンション船というものが現れ、船室一部屋が数千万円で取引された。かくいう私も、一部屋購入した。妻と娘と、三人で暮らすためだ。


 すでに、荷物は準備してある。自転と公転の完全一致が発表されたら、乗船手続きが始まる。このホテルから港まで、ものの数分だ。


 つけっぱなしのテレビ画面が、ドラマから臨時ニュースに切り替わった。スマホが地震速報に似たアラームを鳴らす。


 二十二時四十三分。この国から、夜が消えた。

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夜が消えた日 旗尾 鉄 @hatao_iron

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