第8話

最初にこの世界で意識が戻った時、阿川は自分の名前以外何も覚えていなかったらしい。

ここが怪異奇談の世界かなんて分かるはずもなく、私と顔を合わせるまで完全に記憶を失っていたようだ。つまりは記憶喪失である。


……いや、言えよ!もっと早く!

そんな素振り一ミリも無かっただろ!

普通にずっと記憶ありましたけど?って感じだったでしょうが!


「正直、言ってなかったのはすまんかったと思ってる」


「ねえ、報連相って知ってる??」


舌打ちしたい衝動に駆られつつ、また悩みの種が出来てしまったことに内心頭を抱える。

私と阿川は転移前に一緒にいた。

ということは、他に一緒にいた子らもこの世界に転移したと考えるのが自然だ。


一人は怪異奇談好きだったし、どうにかこうにかなると思ったけど、記憶喪失の可能性があるということは見つけるのにかなり苦労するんじゃないか、これ。

見つけたところで阿川みたいにすぐに記憶を取り戻すか謎だし……。


しょうがない、ここは情報を集めるしかないか。

私は風真さんに転移してきたことを打ち明けることにした。

それくらいしか手立てないし。


「あの、風真さん。実はですね……」


私はこの世界が漫画の世界であるということだけ言わず、その他のことは事細かに風真さんに伝えた。

おそらく、私たち二人の他にもう二人ほど同じく別の世界からやって来た人間がいるということも。

この世界に来る前は四人班で行動していたので、そう考えるのが自然だ。

風真さんは私の話を真剣に聞いてくれた。


「時空を操る怪異、というところかしら」


私たちが時空を、というよりは次元を一つ超えたのは怪異のせいなのだろうか。

困ったように考え込んでいる風間さんだったが、暫くして何か思いついたような表情になった。


「そういえば、情報部隊の葵くんが前にそんな噂を聞いたって言っていたような……」


「本当で……」


「情報部隊の葵くんって、葵翔乃隊長のことですか!?」


阿川が割り込むように声かをあげる。

突然うるさいが、コイツが反応するということは怪異奇談の登場人物なのだろう。

アオイショウノ……うん、分かんない。

風真さんは阿川の反応に驚いたように何回か瞬きをする。


「そうだけどれ、あら、私阿川くんにいつその話をしたかしら……」


(この阿呆!)


何とかしろとジト目で念を送る。

阿川は視線を彷徨わせた末、見苦しい言い訳を始めた。


「えーっと、実は俺、記憶を取り戻した時に一緒にこの世界のことも頭に流れ込んできて、少しですけどわかるんです!」


何言ってんだコイツ。

そういう意味を込めて肘で阿川の腕をつつく。

阿川は明らかにやっちまったという顔をしている。

しかし、これが案外どうにかなった。


「にわかには信じ難いことだけれど、貴方たちの服装や荷物を見れば納得しない訳にはいけないわ」


風真の言葉に私と阿川は顔を見合わせる。

私の今の格好は学校のダサいブレザー。

まあ、つまりは洋服だ。

そういえば、この漫画の舞台はいろいろ都合をつけるために架空のものらしいが、明治あたりの日本がモデルだとテレビで言っていた気がする。

風真さんも白衣を羽織ってはいるものの、普通に着物を着ている。

天海も和服だった。

いつもダサいダサいと女子から不評な制服も案外役に立つものだ。


「それに、その怪異を見つけることで私たちの怪異退治にも何か役立つかもしれない。私は貴方たち二人に協力するわ」


「ありがとうございます」


私は風真さんに頭を下げる。

有難いし心強いが、これは帰るまで時間がかかりそうだ。

この瞬間、私は長期戦を覚悟するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪異奇談 〜転移したら少年漫画の世界だった〜 かさね @honcly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ