最終話 エンドロールから始まる二人の物語

深く眠れなかった。

カーテンの隙間から朝日が差し込んだ瞬間には目が覚めてしまっていた。

リビングに向かうとコーヒーの支度をして朝食を軽く取る。

コーヒーを三杯飲んだ辺りで感覚が冴え渡ってくるような不思議な気分だった。

いいや、もしかしたら単に興奮状態だっただけかもしれない。

このまま勢いに任せて久我に電話で告白してしまいたい気分に駆られる。

しかしながら、そこには既のところで一歩踏みとどまる。

今朝のニュースは平穏そのものだった。

最高気温が例年よりも高いとか、洗濯日和だとか、流行りのアニメが特集されていたりだとか。

そんな平和な一日がスタートしようとしている。

ニュースを見ることで現実世界の出来事と自分の心境をリンクさせて落ち着きを取り戻す。

ふっとスマホに目を向けると久我から連絡が届いていた。

「おはよう。なんか落ち着かなくて最寄り駅のカフェに居るんだけど…まだ寝てるかな?」

その通知に既読を付けると即座に電話を掛ける。

数コールで久我は電話に出て僕らのぎこちない会話は始まる。

「もしもし。迎えに行こうか?」

「うんん。大丈夫。起きてるなら行っても良い?」

「もちろん。身支度を整えたいからゆっくり来て」

「気にしなくて良いのに。家でふたりきりなんだし…」

「だからだよ。ゆっくりね。すぐに準備するから。また後で」

「わかった」

そこで電話を切るとすぐに準備を整えて家の中を少しだけ片付けた。

数十分もしない内に久我は家を訪れる。

チャイムが鳴り玄関のドアを開けて彼女を迎え入れる。

「実は昨日の夜も落ち着かなくて…少しだけ料理作ってきたんだ」

「そうなの?僕のために?」

久我はそれに頷くので僕は思わず息を呑む。

彼女のためにコーヒーを入れて僕らはリビングのテーブルの前の椅子に腰掛ける。

少し落ち着いてきたところでどちらからともなく口を開く。

「あの…」

二人の言葉がシンクロして室内の温度が少しだけ上昇したような気がした。

久我は僕に先手を譲ってくれて僕はそれに頷いた。

「一回しか言いたくないし、人生で最後になる言葉を口にしたい」

「うん。私も同じだと思う」

この時点で僕らの関係が確実に一歩前に進んでいるのは手に取るように理解できた。

もしも、誰かが僕らを俯瞰で見ていたら僕らは満面の笑みを浮かべていたことだろう。

互いの表情にも気が付かないほど僕らは気が急いていたことを後に理解するのだが、それは今は置いておくことにしよう。

「じゃあ言うけど。一緒に暮らそう。これからはお互いのために生きていきたい」

そんな洒落っ気もない言葉を口にしても久我は僕に呆れたりしなかった。

「私も似たようなこと言いたかった。もう独りでいるのは疲れた」

久我の人生を諦めたような不器用な言葉を僕は額面通り受け取らない。

「分かってる。僕もそうだから」

久我の本当の気持ちに同意の言葉を口にすると彼女の手を取った。

「本当のことを言うと…入社したときからずっと気になってた」

彼女の言葉に頷くと照れくさくてぎこちない笑顔を浮かべた。

「僕もだよ。とか言いたいけど嘘は良くないから言わない。僕は最近になって久我の魅力に気づいた。随分遅くなったけど…こんな僕を許してほしい」

久我は僕の言葉に首を左右に振るとキレイに微笑む。

「最後に一緒に居られるなら本当にそれで幸せ」

そのまま僕らはどちらともなく距離を縮めていく。

お互いの吐息が顔に触れるくすぐったい不快感も今は心地いい。

そんなことを思いながら僕らは二人にとって初めてのキスをする。

何かが一気に変わったような、実は何一つ変わっていないような、そんな一日が過ぎていく。


僕にとってのモテ期は終了を迎えて自分にとっての最良な人と共に生きていく生活が始まろうとしていた。

自分は何も変わっていないだろう。

きっと周りも何も変わっていない。

大げさな話をすると世界も何も変わってはいない。

それでも確実に何かが変わったこの世界で僕と彼女はこれからも最愛な相手として生きていくのであった。

                完

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合コンで知り合った年下の女性が痴漢されているところを助けたところから本格的に始まるモテ期生活 ALC @AliceCarp

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