: 5p.

ーーーーパセオ通り。


イタリア語で散歩道と呼ばれるその場所は、雑居ビルに挟まれている。


路面が石畳でできており、広い歩道に街路樹、ベンチが配置されている。


この時間帯になると仄かな街灯に照らされ、場の空気も相まってか、道行く人の赤みがかった頬が溶け込んでいく。


そんな洒落た道に、一箇所だけ毛色が異なる場所がある。


赤く灯る提灯が並ぶ門をくぐれば、小さな小屋がいくつも隣接している。


中から賑やかな声が漏れ出ており、居心地の良さがにじみ出ている。


外ではテントが設置され、その下で客がテーブルを囲み、酒を片手に談笑している。


ここは、屋台村。


居酒屋や焼き鳥屋などが軒並び、手軽に飲めて美味な食事にありつけられる人気スポットだ。


「ちょっくらタバコ吸ってきまァす」


「あいよォ」


ガラッと裏口の戸を開けて出てきたのは、頭にタオルを巻いた青年。


タオルからはみ出ている癖の強い銀髪は、目元まで伸びており、黒い スタッフTシャツの下に五分袖インナー、腰に前掛けをしていた。


門の外へ行き、ポケットからタバコを取り出して口にくわえる。


左手の2つの指輪がオイルライターの火に照らされ、夜空を見上げながら煙を吐く。


背後からご機嫌な客の声が聞こえてきて、こちらも気分が和んでくる。


これを聞いていると心が満たされていくため、非常にやりがいがある。


青年が心地よく浸っていると、向こうで空気が乱れたのを感じ取った。


何かに追われているのか、男性が怯えた表情でこちらに向かってくる。


すると、街角からこの辺では見かけない少女が勢いよく飛び出し、男性に目をつける。


「待ちなさいッ!!」


大声で言い放つが、男性 が応じる様子はない。


何やらただ事ではなさそうだ。


その時、少女の後に遅れてきた面子を目にした途端 、一瞬にして事態を把握することができた。


「…ふッ」


不意に鼻で笑い、タバコをくわえながら立ち尽くしていると、男性が青年の前を駆け抜けようとした。


次の瞬間ーーー―。


「ぐぶッ!?」


男性が顔面から盛大に


「いつつ…」


顔を強打し、涙目で面を上げては、周囲を見渡した。


何かにつまずいたのかと思ったが、路面には何もなく、転ぶ際、足に違和感など全くなかった。


なぜ自分は転んだのかが理解できず、突然のアクシデントに頭が混乱する中、青年は微動だにせず、じっと彼を見下ろしていた。


すると、背後から迫ってくる足音に気づき、慌てて立ち上がるが、今度はその場で


「がッはッ!?」


勢いよく腰を打ってしまい、腰に手を当てて悶え苦しんでいる間に、鈴音が追いついた。


何、これ…!?


軽く息切れをし、この状況に理解しようにも頭が回らない。


遠くから見た時は、この人の前を通り過ぎようとした途端、勢いよくコケた。


この人が足をかけたのかとも思ったが、そんな素振りは一切なく、ただタバコを吸っていただけだし。


そしたら今度は、その場で一回転し出すし…。


倒れている男性に目をやり、冷静に思考を巡らせるが、結局、一つの結論しか導けなかった。


この人、の人間だ。


鈴音は、目線を合わせぬ為に、帽子のツバで相手の口元までしか上げなかった。


近くで見ると未来より身長があり、細身だが典型的な細マッチョ 感がある。


タバコを持った左手には、中指と小指に羽を模した重厚感のあるシルバーリング。


長ズボンにレザーサンダルとラフな格好だが、体格も相まって少々威圧感がある。


じゃないですかッ!」


「えッ!?」


背後からナベショーが名を呼び、青年がそれに対し反応した。


「おう、ナベショー」


カイと呼ばれる青年は、気軽に挨拶を交わし、その後も続々と部員が集まってきた。



「…ナベショーの知り合い?」


「知り合いも何もーーーーって、その前にケータッ!

早く済ませちまうべ!」


「ああ、はいはい」


奥から出てきたケータが男性の前でしゃがみ込むと、相手は小さく悲鳴を上げて震えだす。


「怖がらなくていいですよ。

リラックスしてください」


そう言うと、左目を軽く閉じて、相手の肩に手を置いた。


肩から蒸気が吹き出し、男性は、白目をむきながら気の抜けた声を口から漏らして見せ、やがて脱力感でまた地面に倒れた。


「あい、お疲れェ」


カイは煙を吐き、ケータに労いの言葉を送る。


その後、伸びた男性は、ケータとナベショーによって近くのベンチに運ばれ、ゆっくりと横にした。


端から見れば、酔っ払いがベンチで泥のように寝ている姿にしか見えない。


「お疲れ様です」


「久しぶりですね。カイさん」


「おう、直樹に未来。

それと志保も久しぶり」


一人一人に挨拶をし、志保も軽く会釈するところを見ると、みんな顔見知りのようだ。


「星さん、紹介するよ。

深浦 ミウラ 魁祥カイショウさん。

オレ等の先輩で、特設帰宅部“初代”部長だよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KEEP OUT 嘉久見 嶺志 @kisaraghi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ