九つの命の使い方
「目覚めなさい……猫に尽くす者よ……目覚めなさい……」
「ん……?」
女性の呼びかけに目が覚める。よく目覚めたら知らない病院の天井だった、というネタがある。ただ目覚めたら豪奢なシャンデリアがお出迎えしてくれるなんてことはこの世で俺一人だけかもしれない。
ひとまず体を起こし、立ち上がる。周りを見渡すと、大理石でできた大き目の広間、という印象を受けた
前には一段高いところに玉座が置かれ、ドレスを来た女性が座っていた。あと訂正したい。少なくともここはこの世じゃない。なぜなら頭の部分がまるっきりペルシャ猫だったからだ。玉座の周りにはたくさんの猫がくつろいでいた。
「ここが天国……?」
「ふふっ。貴方が死んでしまったという意味では、天国というのも間違いではありませんね」
「そう、ですか……」
「気を落とすのも無理はありません。ですが、貴方の生前の行いに免じてお願いがあります」
水色の済んだ瞳で、猫の女王は真っ直ぐに見つめてくる。
「貴方に八つ命を与えます。どうか猫たちの仇を討って頂きたいのです」
「……死ぬ直前に見てる夢にしては、都合が良すぎるな。俺の脳みそは」
「信じて頂けないのも無理はないでしょう。ですが、貴方の生きる世界は当たり前のように魔術が存在しているのです。貴方の大好きな町も、私の魔術によって栄えているのですよ」
「……知ってるのか? 寝子町を」
「えぇ、貴方が生まれる前に町長を名乗る者と契約したのです。町を栄えさせる代わりに、猫に尽くせ、と」
「そいつは初耳だな」
「貴方の生きる世界では、私のことは伝わっていなかったのですね。だから――同胞を襲う不届き者も出てくる」
女王の声のトーンが一段階低くなる。
「しかもただ襲うだけではありません。その者は同胞を生贄に魔術を行使するつもりです」
「もう……何でもありかよ」
おとぎ話に巻き込まれたような感覚に陥り、匙を投げそうになる。落ち着け俺。もしこの女王の言っていることがあるなら千載一遇の生き返るチャンスなんだ。腹に力を入れ、何とか女王の言葉を無理やり納得し受け入れる。
「気を付けてください。猫や人から恨まれ、憎まれるほど負の魔力は増大していきます。生贄は魔力を高める効率的な手段なのです」
ただ、たったひとつ納得できなかったことがある。俺はそれを聞いてみることにした。
「なぁ……ひとつ聞きたい。なんで頼む相手が俺なんだ」
「それは――命を与えられる程、貴方は猫に尽くしてきたからです。負の魔力という存在が示唆しているように、正の魔力も存在します。それは感謝や親しみといった気持ちを他者から持たれていなければ得ることはできません。命を与えるのも、貴方の生前の行いあってこそ可能な"奇跡"なのです」
「俺でなければならない理由は分かった。俺もまだまだ人助けも、猫助けも足りない。俺からも願い出たい。生き返らせてほしい」
俺は正座で座り、そのまま土下座する。
「猫たちを襲ってる犯人は俺にも手を掛けた。このままだと俺以外にも死者が出る。その前に絶対に止めたい」
「そう言ってくださると思っていました」
だんだんと広間が暗くなっていく。視界が悪くなっていく中で、女王の水色の瞳がだけが輝いている。
「負の魔力を用いた魔術は古来より多くの死者を生んでいます。それを止めるために――頼みましたよ」
女王が目を閉じると、世界は闇に包まれ――俺は再び意識を失った。
猫探し探偵と九つの命 大柳未来 @hello_w
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