1-05  決断

「助手ですか――――?」


 彼女の言葉を反芻するように聞き直すと、夏目さんは大きく頷いてみせる。


「なるほど。そうすれば神越さんは師匠の庇護下にあるとして少なくとも強制的に

 魔法界に連行されことは避けられますね」

「そうだ。それに君を生かすためとはいえ、私の魔力が君に流れたことで魔法が

 発動してしまったのだから、全ての責任は私にある」

「…………」


「話は分かった。だがそれも一時的なものに過ぎないんじゃないか」

「そうだね。だがそれと同時に私自ら君に掛けられた魔法の解析を試みる。

 その成果如何によっては君の長期的な安全の確保も十分に可能だと思うよ」

「できるのかそんなこと?」

「できる。何故なら私は希代の天才魔法使いだからね」


 その言葉にチラリと紫ヶ戸さんを見やる。

 するとその様子に察しを付けたのか、こちらを不安にさせまいとして彼女は

 笑顔を浮かべる。


「そう心配しなくても大丈夫ですよ。師匠は人としてはともかく、魔法使いとしては

 間違いなく”本物”です」

「…………紫ヶ戸さんがそういうならちょっと安心、かな」


「ちなみに助手ってどんなことをするんですか?」

「探偵としての仕事があれば小町と共に行動をしてもらうつもりだが、今のところ

 その予定はないから。しばらくはこの店でアルバイトでもしてもらおうかと

 思っているよ」

「なるほど。そういうことであれば僕としても有難いかな」


 大学生として初めての進級で生活も落ち着いてきたこともあってか、

 何かと入用な時期。そろそろバイトでも始めようかと思っていたこともあって

 この提案は僕にとっては何かと都合がいい。


「(それに最初から魔法やなんやと巻き込まれないというだけで、心からホッと

 する)」


「では春時くんは私の助手になるということで異論はないね?」

「はい」

「なら手を出して」

「こうか?」


 夏目さんに促されるがままに右手を差し出す。

 すると彼女は徐に僕の手を両手で包み込むようにして握りしめる。

 と直後、周囲にふわりとした優し気な光が現れ僕たち二人を包み始める。


「これより汝、神越春時。貴殿を指定級魔法使い《ラプラス》夏目リリスの名の

 下にここに我が弟子の証をここに示さん」


 夏目さんがそう唱えると見る見るうちに周囲の光が蒼紫色く変色し

 差し出した僕の右手の甲に紋章を浮かび上がらせる。


「これは?」

「それは師匠が持つ魔法刻印です。それを刻まれたものは名実ともに師匠の庇護下に

 ある者としての法的効力をもたらします」

「へぇ」


 儀式が終わったのか浮かび上がった紋章が消え、周囲に立ち込めていた光も同時に

 消失する。


「これで君は他の魔法使いからむやみに狙われることは無くなったワケだが。

 それはあくまでも魔法界での立場を保証するだけのものだから魔除け程度の効力

 しかないことだけは覚えておいてね」

「あぁ」

「よろしい」


 そうして一通りのやり取りを終えると。

 それまで補足程度の会話しかしていなかった、紫ヶ戸さんが初めて自ら疑問を

 口にした。


「そういえば師匠、さっきから気になっていたんですが。師匠は神越さんに魔力を

 渡したから小さくなったんですよね?」


 ようやくというべきか。

 内心、僕としても気になっていた話を切り出してくれたことで、

 夏目さんの返答に意識を向ける。


「そうだね。正確には春時くんにかけられた魔法に吸い取られたという表現が

 正しいがね。まぁ、そのおかげで私も無事延命できたわけだし今更文句もないよ」


「ただ正直この身体では生成できる魔力も少なくてね。しばらくは大きな魔法を

 行使したりすることはできないだろうね」


 と夏目さん。


「元の体には戻れないのか?」

「私もこの状態になるのは初めてだからね。十分な魔力を安定的に供給できれば

 あるいは戻れないこともないだろうが、あくまで仮設の域は出ないね」

「それは――――他の魔法使い、例えば紫ヶ戸さんの魔力とかではダメなのか?」

「結論から言うとまず無理だね。前提として小町と私の魔力の相性はそれ程いいわけ

 ではないからね。それにそもそもこの身体では純度の高い小町の魔力はむしろ毒に

 なってしまう」

「――――うーん。なんだか小難しい話だが、何となく無理だということは理解

 できたよ」


 とりあえず夏目さんはしばらくの間、

 この幼女の姿からは戻れないということらしい。


「とはいえ私は調理担当で人前に出ることはないしお店はこれまで通り続けては

 いくつもりだよ」

「なら僕は紫ヶ戸さんと一緒にウェイターをすればいいのか」

「そうだね。ちなみに春時くんはそういった経験はあるのかな?」

「高校の時にしていたファミレスでのバイトくらいなら」

「十分だよ。その他のことは追々小町から教わるといい」

「お任せください」

「うん。それじゃあ決まりだね。では春時くんこれからよろしく頼むよ」

「こちらこそよろしく」


 そうして僕は夏目さんと固い握手を交わし、魔法使いの助手として

 そして喫茶店『マジカルリリス』のアルバイトとして彼女たちと働くことと

 なったのであった。

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マジカルリリスの深秘録 諸星影 @mrobosi_ei_0321

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