第11話

 帰りの高速道路にも雪は、残っていた。

 しかし、空は青く、風は優しさを取り戻したのか、頬に心地良かった。


 僕のクルマは、張り切っている。

 ナビシートの空白が、久しぶりに埋まったからだ。

 魔女なのに…。

 いや、天使か。


 天使といっても、人と同じ姿。

 思春期魔女には翼が無い。

 僕のダウンジャケットの中だ。

 彼女の側にいると、ジャケットは温かい。


 彼女の持つ温もりを

 取り込む僕のダウンジャケット。

 彼女の翼のダウン。

 相性良く温もりを取り込む。


 帰り道の休憩もあのサービスエリア。

 心地よく僕を温めるダウンジャケットは、心と身体を元気にする。


「君は、幼くなったのか?」


 ツリーハウスの村で、思春期魔女だった彼女は、今は少し幼くなった気がする。

 彼女が笑った。

 再びの笑顔。

 面影の持ち主が、分かった。


「村から出ても運命には、変わりない」


「聞かせてくれないか。ツリーハウスの事を。堕天の森の秘密を。君が、僕の大切な人に似ている理由も。ただの天使の受け入れ先ではないだろう」


 彼女は、話した。

 

 堕天の森は、再生の森。

 人を幸せに出来なかった出来損ないの天使が、長い休養を与えられ、新たな天使として再生する森。

 天使の姿が、幼い時へと逆転して、少女から赤ん坊。

 そして肉体は消えていく。

 その霊体は魂となり、人として地上に生まれる。

 地上で人の人生を送る時、天使の記憶は失くす。

 一度の人生を経験した後、再び天使へと生まれ変わる。



「前回、人としての生まれ変わった私は、短い人生を与えられた。そして人生を終えた時、再び天使に戻された私は、人だった時の記憶が残っていた。人だった時、不幸にしてしまった人への責任から、その人の担当を願い出て、認められた。新たな運命の糸を切断したのは、あなたではない。私に繋ぐことが、どうしても出来なかった」


 少女の姿の天使は、その赤い毛糸の手袋をはめた両手で僕の頬を挟んだ。

 懐かしい幸せの感触。

 ダウンジャケットは、さらに暖かくなった。

 新たな別れを予感する僕の心。

 しかし、温かい何かが流れ込む。


「私の姿は、すぐに消える。天使としては、今回も落ちこぼれた。生まれ変わった私を見つけて欲しい。今度こそあなた幸せに」


 僕の部屋に、彼女は二週間暮らした。

 彼女の姿は、再び僕の元を去った。


 時間は、全てのものに平等だ。

 泣いていても、季節は移って行く。


 気の早い桜が、一輪咲いている事に気づいた。

 久しぶりの外出。

 早朝、桜並木の川沿いをあわてものの花を探して歩く。

 彼女は、咲き始めの花が好きだった。

 天使の姿での花見は、叶わなかった。


 彼女の分も楽しもうと早過ぎる花見をしていると、ダウンジャケットの洋服屋さんが、歩いていた。

 

 彼女もあわてものの花を探していると言った。

 ダウンジャケット姿の僕を見て、


「ジャケット。暖かさを手に入れたみたいですね」


 そう言いながら、まだ冷たい風を避けるように、自分の頬を包む手には、赤い毛糸の手袋がはめられていた。


 時間は、全てのものに平等だ。

 しかし、天使はその限りではない。

 

 僕のダウンジャケットは、さらに温もりを増した。



             終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツリーハウスの森 @ramia294

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ