断罪師、カリヨン広場事件
神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)
第1話
広大な緑地公園を借景にして、石畳の広場中央に立つ。目前には、正方形の水場の中に据え置かれた馬蹄型のカリヨン。上着のポケットから写真を取り出す。円柱状の風呂敷包みが一対。見比べる。丁寧にラッピングされたそれはもう無い。カリヨンが鳴り響く。少女は、その場を後にした。
移動先は、市内の小学校。数日前に起きたセンセーショナルな殺人事件の被害者がここの児童だった。
「一級断罪師の仮名真名と申します」
校長室で、身分証明書を提示する。当然のように、校長は頭からつま先へと視線を走らせる。
「まだ学生ですか」
「ええ」
一級断罪師は、断罪師の中でも一等特別である。唯一、殺人を扱うことができる。
「まずは、担任からお話を」
場所を移す。空教室に二人きりで対峙する。
「被害者になった児童は、どのような子供でしたか」
「彼女は何故手袋をしていたのですか」
相手の表情を窺う。
「さあ、きっと赤ん坊の頃に、手酷い火傷でも負ったのでしょう。詳細は分かりかねます。しかし、誓ってクラスに八重さんの手袋を無理に脱がすような子供はいなかったと断言できますよ」
真名は、頷く。
「確かかかりつけ医からの診断書も出ていましたね」
「ええ」
担任が窓外に目を遣ったとき、確かに唇の端が歪んだ。
「そうですよね。目の悪い子供が眼鏡をかけていて、それを取り上げるなんて愚行、学校では許されませんものね」
真名は視線を落とし、机の上で指先を組んだ。
「全くです」
声がうわずっている。
事件当日、八重の在籍している学年では、学校農園の収穫があった。
畑から学校に帰ると、八重は保健室に手袋を交換するために向かう。
保健室から出るところを養護教諭が確認している。収穫について言葉を交わし、廊下を歩く様を確認して養護教諭と別れた。
しかし、授業開始のチャイムが鳴っても、八重が教室に現れない。遅れてやってきた担任に友人が進言しようとする。しかし、担任の様子がおかしかったので、友人のみならずクラス全員が押し黙ってしまう。
「先生は気分屋だから。先生の機嫌が悪い時には話しかけない」
クラスの暗黙のルールだった。
そのまま、授業を開始する。
学校には八重のランドセルと外履き用の靴が残されていた。理由は判然としないが、八重は上履きのまま、学校を出たようである。
慌てた様子の八重を見たと、八重の兄の友人、
「どうしたの、やっちゃん」
「手を見られた」
まるでこの世の終わりでもあるように、八重は言った。
「大丈夫だよ、やっちゃん。僕と一緒にお家へ帰ろう。きっとお兄ちゃんももう家に帰っている頃だよ。そしたら、いつもみたいに、お兄ちゃんに手のケアをしてもらうんだ」
「駄目、駄目。そんなことしたって、もう意味ない。だって、私の手、見られたから」
そう言い残すと、八重はちょうど信号待ちをしていた白い軽トラックの荷台に飛び乗り、街のほうへ行ってしまった。八重の後を追うか迷ったが、結局、信也少年は矢本家へ向かい八重の兄に今あったことを伝える。
八重の兄、
八重は帰ってこない。
夜になって、警察へ捜索届けをだす。
翌日、早朝。
街で犬の散歩をしていた人が、カリヨン広場で妙な物を発見する。ぱっと見、酒瓶を二本、それぞれ風呂敷で包んだもののようだ。紅い華が咲いている。否、それは花柄ではなくて、血のにじむ様だったのだ。通行人は悲鳴を上げる。尻もちをつき、後ずさる。そうだ、近くに交番がある。通行人は警察を呼びに行く。すぐに現場は封鎖される。
もちろん、すぐに八重の失踪事件と死体遺棄事件とが結び付けられた訳ではない。
腕はどうやら子供のものであるらしいと判明。子供の行方不明者を確認したところ、矢本八重の名が上がる。
八重が物心ついてから、ずっと八重の手の世話をしてきた兄が、切り落とされた腕を見て、確かに妹の手に違いないと断言している。なお、傷口には生活反応があり、八重は生きたまま、腕を落とされたのだと判明した。では、八重は生きているのか。指ならともかく腕である。傷口は鉈のような刃物で作られたのだろう。決して医療機関で適切に手術された訳ではない。おそらく八重は死んでいるのだろうと結論が出た。
断罪師、カリヨン広場事件 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho
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