6.まずセーヨンより始めよ
ソフィーの演説
「皆様、ありがとうございます。このタイミングで恐縮ですが、ソフィー・リブニッツよりお話したいことがございます」
ダンスを終え、深々と頭を下げたソフィーがそう言ったことで、シャル含む観客たちの拍手が止まった。
……男爵様は心配そうにしていたけど、実際のところ、ユリウスとソフィーのダンスは素人のシャルが見ていて十分に上手いものだった。
最初はゆっくりした動きから、徐々に大きな動き、素早い動きになっていく。
「男爵様。……ユリウス様、お上手ではないですか」
「ですな。ソフィー様をしっかりリードできている」
「練習の成果、存分に発揮していらっしゃるようですね。うちの日時計がこれに役立ったというのなら、嬉しい限りです」
そんな会話をするモーリスとジャンポール。
貴族である他の観客たちも、時々回転したりなどの派手な動きがあると『おおっ』などと声を出す。
やっぱり、貴族の人たちから見ても二人のダンスは上手いんだ。
シャルは嬉しくなる。
昔からの付き合いだったユリウス様が、大きく成長していくようで。
前世風に言うと、同じクラスの子が全校集会で表彰されたときみたいな感覚。
普段気軽に接していても、やっぱりユリウス様は貴族の子ども。
貴族らしく、かっこいいのだ……そうシャルは再認識した。
――最後に身体を倒してのポーズが決まると、音楽の余韻をかき消すような大きな拍手。
その拍手と、ダンスの余韻に浸っていたところに、ソフィーの言葉が聞こえてきた。
シャルの意識を、ソフィーの明瞭で、大きな声が覆う。……お話とは、なんだろう。
***
「これからお話することは、本来このようなお祝いの場で話すべきではないのかもしれません。ですがこれだけ多くの方々が……それも貴族だけでなく、セーヨンの役所や商人も来ているこの場所でお話するのが、最も良いと考えました」
大広間の中央で話し出すソフィー。
シャルは、商会を訪ねてきたときの、あのどこか余裕を持っていたソフィーを思い出す。
淡々とした話しぶりは、シャルやエルビットだけがいたときと、大勢の貴族や招待客を前にしているときと、何一つ変わっていない。
「……ソフィー様……?」
「ユリウス、急で悪いわね。でもこれは、あなたに、というよりモートンの家にとっても大事な話なの」
「そうですか……」
ユリウスもどうすればいいか分からなくなっているようだ。
元の席に戻ることもできず、ソフィーの隣で立ったままである。
そしてそれにソフィーは目もくれず、言葉を続ける。
「……ユリウスの家、そしてあたしが入ったモートン男爵家と、あたしの父や兄のリブニッツ伯爵家は、長らくこのセーヨンの街を治めてきました。最も、2つの家は決して協力しているわけではなく、どちらかというとこの街を二分して治めている格好になっています」
白いドレスをまとった、今日結婚した花嫁が、演説を始めている。
「歴史をたどると、古くからセーヨンを支配下においていた伯爵家に対し、戦いでの功績により王家から爵位を賜った男爵家が力をつけるにつれて、自然とそちらに従うセーヨンの人々が増えていったという流れのようです」
セーヨンの人なら、みんな知っているこの街の歴史。
昔ながらの伯爵家と、新興で勢いのある男爵家。
「一般の人間だけでなく、職人、商人、兵士たち……男爵家はそういった人々を巧みに仲間として、今や伯爵家に対しても遜色ないレベルの力を持つようになりました。……個人的には、そろそろ子爵位に格上げされてもいいんじゃないか、とも思っています」
格上げされてもいいんじゃないか……その言葉に会場がどよめく。
フランベネイル王国では、貴族の爵位はすべて王家から与えられるという形式を取っている。
すなわちソフィーの言葉は、王家は男爵家の力をもっと正当に評価すべき、という意味に等しいのだ。
「そして、男爵家の勢力が強まるにつれて、伯爵家はある問題に直面します。……領地が減った、というのはもちろん貴族の家として一つ問題ではありますが、それ以上に切実な困りごとがありました」
いつの間にか、会場の全員がソフィーの話を真剣に聞いている。
これだけ多くの人々の目が向けられてなお、ソフィーの語り口は何一つ変わらない。
「……税収が減ったのです」
……?
シャルにとって予想外の言葉が聞こえてきた。
なぜここで、伯爵家が抱えた問題、しかも税収なんてお金の話をするのだろう。
「平民の方々には意外に思われるかも知れないですが……名誉的な物を抜きにすると、小さな農村を二つ三つ失ったところで、あまり大したダメージにはなりません。言い方悪いですが、税収としてはたかが知れてますから。それよりも、セーヨンの街を10分の1でも失った方が、よっぽど厳しい」
男爵家の勢力拡大につれて伯爵家が苦しくなった、というのはシャルもモーリスから聞かされている。しかし、娘のソフィーがそんなことを正直に明かすとは。
……少し離れたところにいるエリストールの顔が引きつるのが見える。
「セーヨンの人々が男爵家に税を治めるようになることで、伯爵家の税収が減り、その他にもいくつかの要因が重なって、伯爵家は追い詰められました。……ちょうど、あたしの父が当主の地位を継いだ頃が最も厳しかったようです」
エリストールは自らの父を早くに亡くし、若くして当主になった……はずである。
いったいこの伯爵家の身の上話は、どこへ着地するのだろう。
「領地を治めるのにもお金がいる。貴族として、他の貴族との付き合いもある。何より、セーヨンの街の代表たるリブニッツの家にお金が無いというのは、セーヨン全体のイメージにもつながる。あたしの父は、なんとかしてお金を作らないといけませんでした」
お金を、作る……
……えっ。
……まさか……?
……でも、なんで……?
それを……ソフィー様が……?
シャルは、エリストールの方を見る。
……エリストールの顔が歪んでいる。
「貴族がお金を作る手段は、いくつかあります。例えば、様々な税を引き上げる」
実際、伯爵家は軽くない税を課してるし、お抱えでない外の商人からは結構な税を取るし、さらにそれを上げようとしている。
「でもそれにだって限界はあります。無制限に平民から搾り取るわけにはいきません。……他には新しい特産品を考えるとか、あるいは他の貴族と交渉するとかいう手もありますが、それをするにも元手が必要です」
……ソフィーの言うことは、ずっと理路整然としている。
これは話の核心へ至るための前置き段階なんだと、シャルは気づいた。
まるで人気教授のわかりやすい講義を受けているかのよう。
……ソフィー様は、やはり14歳とは思えない。
「できるだけ少ない元手で大量のお金を得る方法を考えなければいけない。それも、考えてる間にも伯爵家のやりくりはどんどん苦しくなる。時間のある、極力すぐ効果が出るもの……あたしの父は追い詰められて、最終的にある手段に出ることになります」
そう言ってソフィーは、ドレスのどこからか何かを取り出してユリウスに手渡す。
あれは……
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