ユリウスだって頑張りたい


「――ダンスの練習、随分頑張ってるみたいね」

「はい。……貴族として必要だと思いますので」

「それにしても熱心だと、あなたのお父様から聞いたわよ。ダンスなんて、嫌な子は本当に嫌なのに。そんな好きでやるものじゃないわ」


 そう言うと、ソフィーはぐっと座った椅子から、ユリウスに向かって身を乗り出して。


「……それとももしかして……見せたい人とか、いる?」

「……そんな、そんなこと……」


 ユリウスの顔がわずかに赤くなるのを見逃さないソフィー。


「……ふふ、じゃあ協力しましょうか。婚姻の儀当日まで、あたしと練習しましょう。本番の動きもしっかりと決めて」

「協力……? ありがたいですが、どうして……」

「あらユリウス、そちらのお父様から聞いてないの? ダンスの前にどう踊るかを決めておくのは当たり前でしょ? それとも、全部即興でやってると思ってたのかしら?」



 ……と、そんな会話を二人でしたのが、婚姻の儀のほんの数日前。


 それから会った日は必ず二人で秘密の練習をした。

 ソフィーからの手ほどきがなかったら、ユリウスは今、周りから見られる中でなんとか踊れてはいないだろう。

 


「……いいじゃないの。せっかくだし、少しリズムを早めてみましょうか」

「えっ……」


 音楽が中盤に入ってくると、ユリウスの声を遮るかのように、本当に少しソフィーが強くユリウスの手を引っ張り込む。


「ソ、ソフィーさ……」

「平気よ。別に複雑な動きをするわけじゃないもの」


 そう言いながらソフィーは腕を上げ、ユリウスの動きと同時に足でステップする。


 ……確かに練習したステップだけど。

 

 ちょっと、早いような……

 と思うユリウスは意に介さず、ソフィーは動き回る。


「力を抜きすぎないで。あなた体力はあるんだから、これぐらいなら全然あたしをリードできる」


 その言葉と同時にソフィーは目だけですっと右側を向く。

 ユリウスがつられてその視線を追うと、その先には……


 

 父上、モートン男爵がいる。

 お世話になってるペリランド商会のモーリスさんがいる。

 そして、モーリスさんの娘で、『国王に見初められた小さな天才』と呼ばれているシャルがいる。


「あの子に、頑張りを見せるチャンスよ。さあ」


 ソフィーが力を抜くと同時に、ユリウスは踏み込む左足に力を入れた。


「もっと素早く動いて。あなたはできる」



 ……そうだ。今日のこの日のために、ソフィー様と練習したんだ。


 男爵家の息子として、自分もそれなりにできるってことを示さないと。


 

 ここ数日の練習を思い出せ。


「右。左。ちょっと右……」


 ソフィーの指示を思い浮かべながら、ユリウスはステップを刻み始めた。

 


 ***


 

 ――夢中になってる間に、いつの間にかBGMが盛り上がり、クライマックスが近づく。


 なんとか乗り切れそうだ……と思ったそのとき。

 


 握っていたはずのソフィーの手の感覚が、ユリウスからふっと無くなった。


 ……ユリウスは顔を正面に向け、視線の焦点を定める……えっ?



 見えたのは、ユリウスと繋がっていた両手を離し、スローモーションのように後ろに倒れていくソフィー。




 ……!


 考えるより先にユリウスの身体が動いていた。


 左腕は下がったところ、右腕は上がったところ。


 右腕を伸ばして回し、自分も腰を前に倒しながらソフィーの背中を支える。



 右の手のひらになめらかなドレスの手触りがして、ソフィーを抱きかかえる格好になったところで、曲が終わった。


 そこでユリウスは気づく。



 ……ソフィーの顔は、いつも通りの余裕たっぷりの笑みだった。


「よくできました」


 周囲から起こった拍手でかき消されたけれど、ソフィーがそう言ったように、ユリウスには聞こえた。



 そしてソフィーは、反り返った上体をスムーズに起こす。

 ユリウスの支えなど、最初からいらなかったかのように。



 そのままドレスの裾をさり気なく整えて、優雅に一礼。

 流れるような所作の前にあっけにとられかけるが、ユリウスも慌てて頭を下げる。


 鳴り止まない拍手。

 

 ちらりと目で探すと、父上も、シャルも、踊りきった二人に対して拍手をしているのがわかった。



 ……はあ。


 ようやくユリウスの全身から力が抜ける。


 やりきった。

 ここ数日のダンス練習は、今日この瞬間のためだった。


 パーティーに来てくれた人たちに。

 父上に。

 何より、シャルに。



 いいところ見せられた……と、信じたい。


 それもソフィー様の協力があったから……

「ありがとう、ソフィーさ……」

 

 ……と、ユリウスが言おうとしたら。




「皆様、ありがとうございます。このタイミングで恐縮ですが、ソフィー・リブニッツよりお話したいことがございます」

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