時間管理は単位統一の礎
「何がでしょう?」
「ペリランド商会の日時計ですよ。あれで、時間を正確に管理できるようになりました。座学の時間、剣術の時間、ダンスの時間、礼節の時間……今までユリウスに何かを教える時は、指導する我々の感覚に頼っていましたから。ちゃんと時間を決めて取り組ませるようになった」
え。
まさかペリランド式日時計が、男爵家でそんな使われ方をしていたとは。
……いや、正確な時間の計測はベース法にとってなくてはならない基礎だ。
実際ペリランド商会でも、『いつになったらスタッフは休憩』というのを時間でちゃんと指示するようにした。
シャルが通っている学校でも『授業はここまで』というのを時間で決めるようになった。そのおかげで学校の終わる時間、すなわち生徒たちが帰路につける時間も固定された。
同じことを貴族の人たちもやってくれているというのは、シャルにとっては嬉しいことだ。
けど、言わばユリウスにとっての『時間割』を作ることになってしまった。
ユリウスを時間で縛った、と考えると……
「それでしたら、お礼は私ではなく、うちの娘に言ってください。あれを作り出したのはこのシャルです」
「確かにそうでしたな。……シャルさん、改めてありがとうございます」
そうだそうだ、これは感謝されるべきことなのだ。
時間を管理できれば、あらゆる技術はもっと向上する。
それに、時間で縛られるのだって、結局はユリウス様のためなのだ。
やらなきゃいけない事ならば、だらだら取り組むより、メリハリを付けて集中するほうが絶対いい。
……この世界の人は、今までそういうことは考えなかったのだろうか……?
「いえいえ……あれを作ったのは、世の中の単位をまとめ上げるためです。日時計を用いて正確な時間管理を行うことは重要ですが、それで終わりではありません」
シャルは、改めて大広間の中央に……向かい合うユリウスとソフィーに目を向ける。
「そして……この先わたしがやろうとしている単位の統一のためには、男爵様を始めとする貴族の皆様のご協力が必要不可欠です」
例え結婚しても、シャルの最も慣れ親しんでる、頼りになる貴族がユリウス、男爵家の人間であることに代わりはない。
「しかし、ベース法はすでに国王陛下に受け入れられているのでしょう? 今更うちが手伝えることなど……」
「確かに国王陛下が推進してくださるのは非常にありがたいことです。ですが、まだまだベース法に対する反対意見は多いのが現状です。……それこそ、リブニッツ伯爵家もベース法には反対のようですし……」
「ああ……伯爵家は昔ながらの歴史ある家ですからな……旧来使っていた単位を変えることへの抵抗が大きいということですか」
ベース法だけでなく、男爵家と伯爵家にはいろんな違いがある。
貴族の家としての歴史も、規模も。
革新派の男爵家と保守派の伯爵家。
平民への接し方。よその貴族との付き合い方。
そんな両家の子ども同士が、結婚するのが今日。
「はい。そのような反対派を説得するためにも、モートン男爵様のような推進派は多くいらっしゃるほどいいのです。……今後ともよろしくお願いします」
そうシャルが頭を下げる。
程なくダンスが始まった。
***
音楽が一瞬止まり、切り替わった。
それがダンスの始まりの合図。
ユリウスは、右足を静かに横へ踏み込む。
同じように、両手で繋がったソフィーも左足を横へ。
離れた左足を身体へ近づけながら、ユリウスは右手を軽く振り上げてソフィーに次へ向かう方向を示す。
ソフィーも呼応して同じように身体を動かす。
三拍子の音楽に乗って、二人の身体が大広間の中央部を動き回る。
「……ユリウス、もう少しリラックスして。踏み出しがわずかに遅れてる。衣装が動きづらいのはわかるけど」
目の前のソフィーのささやきに、ユリウスは足の動きを気持ち速める。
「そうそう。かっこいいところ見せたいんでしょ? 誰かさんに」
身長がほぼ同じなので、ソフィーの顔はユリウスの眼前に迫る。
余裕がありそうなその顔はずっと変わっていない。
こっちは練習通りに身体を動かすので必死なのに。
でも、ユリウスはなんとか顔に出さず、足を運び、腕を振る。
周囲の観客たちから変に悟られないように。
あくまで優雅に、かっこよく。
そんな自分を見てもらうために、ユリウスも練習したのである。
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