用意周到な少女
「おい! 誰かソフィーを捕まえろ!」
ユリウスがソフィーから渡されたそれを手に取るのと、エリストールの大声が響くのが同時だった。
若干ためらいながらも、大広間のあちこちにいたリブニッツの使用人たちが中心にいるソフィーめがけて駆け出す。
……が、突如その目の前で何かが弾けるような音と煙が上がり、使用人たちの動きが止まった。
爆発?
……いや、火は上がってない。
一瞬目をそらしたシャルたちが視線をもとに戻すと、そこにはユリウスの右腕をがっちりとホールドしたソフィーが立っていた。
ユリウスの顔は一瞬のうちに苦しくなり、痛みをこらえているのがよく分かる。
「……あたし、身体強化魔法が得意なの、知ってます?」
その言葉に、誰も動けなくなる。
膨大な魔力量を持つソフィーなら、身体強化の効果も相当なものになるだろう。
すでにユリウスの右手首を左手で握り、ユリウスが声にならない声を上げている。
年下とはいえ、貴族の息子として剣術なんかも一通り学んだユリウスが、少しも腕を振り払うことができない。
そして相変わらずソフィーの顔には余裕がある……としか、シャルには見えない。
……これも見越して、ソフィー様はこの状況を選んだんだ。
いざという時、ユリウス様を人質に取るために。
そしてあの音や煙もソフィー様の何らかの魔法だろう。
……伯爵様の表情が、どんどん厳しく、苦しくなる。
もしかしたら、使用人の中には火とか水とか……遠隔攻撃ができる者もいるかもしれない。
でも……自らの娘を攻撃などしたくない。
それに使用人だって、例え伯爵様に命じられたとしても気は進まないはず。
……すべて、ソフィー様の用意周到な準備と、計算の上なんだ。
シャルは、この場が14歳の少女によって完全に支配されている……その事実を受け入れるしかなかった。
そしてその中で、耐えかねたユリウスの声。
「ソフィー様……痛いです……どうして……?」
「ごめんなさいね。あたしだって、できればこうしたくは無いのだけれども。……ところでユリウス、これは何かしら?」
「何って、金貨…………あっ」
ユリウスの右の手のひらには、先程ソフィーの手渡したものが乗っている。
それは一見すると、彫刻があしらわれた王国の金貨……なのだが。
ユリウスは、それに見覚えがあった。
めくれ上がった表面の金。
その下に見える、くすんだ銅の光沢。
「違う。……これは、銅貨に金を貼り付けた偽物です」
……やっぱり。
シャルの予感が現実に変わる。
そして同時に、これ以上無いほど騒ぎ出す参加者たち。
偽金貨の存在を知っていた者も、知らなかった者も。
その偽金貨がソフィーの元から出てきたことの意味を考えるのは難しくない。
話の流れも考えると、偽金貨の出どころは……
「伯爵様、まさか……」
「するとやはり……」
ジャンポールの声。
モーリスの声。
二人もシャル同様、途中から嫌な予感があった。
でも、もしそうなら本当に大スキャンダルだ。
……だけど、その伯爵の娘であるソフィーからこんな告発があった以上、その予感が真実だったと受け入れるしかない。
「この偽金貨は、屋敷の敷地内にある貨幣製造所から一枚拝借してきたものです。見た目は本物の金貨とよく似てますが、傷をつけると表面の金が剥がれ落ちて、銀貨や銅貨を加工したものだということがわかります。……製造され、倉庫に置かれていた金貨を何枚か確認しましたが、全て偽物でした」
王家から貨幣製造を任されているリブニッツ伯爵家。
その製造場所は、広大な屋敷の庭の片隅にある。
「この方法で金貨を製造すれば、普通に作るよりも圧倒的に安いコストで作れます。……もちろん罪ですが」
ソフィーは、自らの父であるエリストールに目を向ける。
エリストールは、歪んだ表情か、観念したような表情か……シャルには、判断がつかない。
けど、今の状況は、エリストールにとっては絶望的だ。
まさか実の娘から、しかもこんな場所で言われるなど、思いもしなかっただろう。
「でも、追い込まれた父はそうするしかなかった。バレてしまったら重罪である……その覚悟で、金貨の偽造を始めたんです。そしてそれは、今まで数年、ずっと続いています」
ソフィーの話し方は、ここまで来てもまだ全く変わっていない。
まるで、どこか他人事のような……
「最近伯爵家の金回りが再び良くなっているのは、その偽金貨の効果が現れているからです。ただ、それで偽造をやめたら、また元に戻ってしまうかも知れない……だから偽造は続き、偽金貨は出回り続けている」
「……伯爵様、ソフィー様のおっしゃることは」
ソフィーの言葉が止まったタイミングで、ジャンポールが尋ねる。
……エリストールは、苦しい表情のまま言葉を発した。
「……ソフィー、どうしてそんなことを言うんだ? その証拠は?」
エリストールの衣装の装飾が、小刻みに揺れている。
というより、横に大きな体全体が、少し揺れている気がする。
動揺してるんだ。……って、当たり前か。
伯爵様だって、あんなこと言われたら落ち着けるわけがない。
「証拠というなら、今すぐ貨幣製造所を調べてください。……あそこには、秘密裏に作られた地下室があります。金貨の偽造はそこで行われています」
「なるほど……伯爵様、よろしいですか?」
「……断ったら?」
「それは……伯爵様の無実が証明されない、というだけです」
モーリスも会話に加わる。
セーヨンの商人たちを散々困らせた偽金貨問題。それが解決するなら、調査は惜しまない。
相手が伯爵様であっても、簡単には引き下がれない。
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