5.疑惑の中の婚姻

調査と結婚

「ありがとうございます、シャルさん。これで偽金貨を判別して回収できます」


 さっきまでの広いパーティールームから、ソファーとテーブルがあるだけの客間へ移動する。

 使用人たちに指示を下すと、ジャンポールはシャルの方へ向き直り、軽く頭を下げた。


 ……貴族が、わたしなんかに頭を下げなくていいのに。

 本当に男爵様は、貴族の偉そうな感じがしない。


「いえ、男爵様が金の塊を用意してくださったからです。……実際に調べるときには、金箔で重さを調整するのでしょうか?」

「そうですね」

 

 装飾品を作る際に使われる金箔。といっても、この世界の加工技術ではまだまだ箔というよりは薄い板という感じだ。

 それを重ねて重さを調整し、偽物かどうか知りたい金貨と同じ重さの純金を作り出す。

 そして天秤に吊るして水中に沈め、釣り合えば本物の金貨。そうじゃなければ、金以外の何かが入っていることになる。


「早速、必要な道具を準備するように命じています。明日には各商店などを回って、金貨の点検を始める予定です。……ただ、それでもすでにセーヨンの外に出てしまった偽金貨は、もう回収しようも無いですが」


 いつ頃から偽金貨が作られ、流通し始めたのかはわからない。

 ジャンポールの苦虫を噛み潰したような顔は、本音だ。


「その回収のためにも、偽金貨製造の全容を突き止めないといけません。……これが、この男が直近取引を行った商店のリストです」


 今、この客間の中にいるのは、ジャンポールとユリウス親子、モーリスとシャル親子、そして最初に偽金貨を持ち込んできた行商人の男。

 ……それ以外にいないことを確認して、ジャンポールは羊皮紙をテーブルの上に置いた。



「……セーヨンの店ばかり……」

「そうだな、シャル。しかも……全て、リブニッツ伯爵家のお抱え商人ですね」


 モーリスが気づく。

 同様に気づいたジャンポールも、難しい顔。


「ですよね……とはいえ、偽金貨の調査と言えば、向こうとしても応じないわけにはいかないでしょう」

「男爵様は、ご面識はあるのですか?」

「一応ありますが、取引もしてないですし……」


 街を取り仕切る貴族が、その街の商人と取引をしてないというのは稀なケースだ。

 いや、してなかったとしても、本来モートン男爵家側が及び腰になる必要は無いのである。


 相手の後ろ盾に伯爵家がいない限りは。


「ペリランド商会の方では、交流は……?」

「……面識がある、ぐらいですかね……仲が悪いというわけではないのですが……」


 ――セーヨンの街は、伯爵家と男爵家の間の見えない線で二分されている。

 そして、男爵家側の商人・職人と、伯爵家側の商人・職人は、ほとんど付き合いがない。

 お互いの内情は、ブラックボックス状態。


 シャルも、ユリウスも、それをわかっているからモーリスやジャンポールに言葉をかけられない。


 最悪の場合、伯爵家から因縁をつけられる、なんてことはないだろうか?



 ……しかし、そんなことを言ってる場合ではないのも確かだ。


 次の日から、偽金貨の回収と調査が始まった。



 持ち込んだ天秤棒と水槽を用いて、街の商店や職人の元にある金貨を一枚一枚、本物か偽物か確認する。


 もし偽物があれば男爵家の名の下で回収し、後日その分本物の金貨を渡すことを保証する……のだが。



「現状、偽金貨は見つかってないですね」

 5日かかって、セーヨンの街の半分を調べ終えた段階で、ジャンポールは屋敷に呼んだモートンとシャルにそう言った。

 そしてこの時点で調査が終わった店は全て男爵家側の商店。

 逆にまだ調査してない店は全て伯爵家側の商店。


「……とすると、やはり残る場所に……」

「でしょうな……伯爵家には偽金貨についてお伝えしているのですよね?」


「はい。……念のため、もう一度調査の協力を依頼しようと思っています」

「男爵様、ありがとうございます。ペリランド商会としても、調査には全面的に協力してまいります」


 モーリスが頭を下げたのを見て、シャルも慌ててならう。


 モーリスにも、セーヨンで最大規模の商会の主としての責任感がある。

 そしてシャルとしても、単位の違いを悪用して偽金貨作りという犯罪行為を働く人は許せない。



 シャルは決意を固めた。

 この犯人は、ベース法のためにも、捕らえないといけないのだ。




 ***



 

 ……とはいえ、シャルにできることは多くない。

 

 偽金貨を見分ける方法を教えた。でも、それを使って実際に偽金貨を回収するのは大人の仕事である。

 犯人が捕まって欲しいとは思うが、実際に犯人を捕まえるのは警察……はこの世界には無いので、役所や貴族の仕事だ。


 だから、モートンの指示を受けて伯爵家側の商店へ調査が入った日も、シャルはいつものように書類作成を行い、店の作業が落ち着いてくる夕方に学校へ行く。



 ――で、行ってみたら、大騒ぎだった。

「ユリウス様とソフィー様、正式に結婚なさるらしいわよ」

「この前婚約者になられたばかりなのに!?」



 ……え?


 教室で広がっていた話題に、シャルは自分の耳を疑う。


「ちょっと、それ本当?」

「あ、シャルちゃん。本当よ、もう婚姻の儀の日取りも決まってるらしいわ」

「今朝男爵家様のところへ納品しに行ったうちの両親が聞いたの。あたしだけじゃないわ、同じことを男爵家の使用人が言ってた、って聞いた人が何人もいる」


 ……すぐには信じがたい話だ。

 しかし、嘘や冗談で言うような話でもない。


「……でも、急すぎない?」

「なんでも、ソフィー様の方から猛プッシュがあったんですって」

「確かに早いけど、まあ貴族様なら形だけであっても婚姻しておかしくない年ですし」


 そりゃあ、婚姻したからってすぐどうにかなるわけじゃない。

 政略結婚なんて形だけなんだし。


 でも、ユリウス様もソフィー様も、結婚したくないわけじゃないが積極的にしたいわけでもない、というようにシャルからは見えた。


 ……位が上のソフィー様、すなわち伯爵家から強く言われたら、確かに男爵家は断れないかもしれない。

 だが、そもそもなんでソフィー様は……?



「おーい、授業始めるぞー」


 おじいちゃん先生の声は、全くシャルに聞こえてなかった。

 というか、そんな場合ではなかった。



 そしてその夜。

 ゆっくり何かを考える暇もなく、シャルは、夕食の後モーリスに書斎へ呼び出された。

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