結婚妄想
「お父様、偽金貨は見つかりましたか?」
「……ああ、大量にな」
書斎へ入ったシャルが尋ねると、モーリスは質問がわかってたかのような答えを返す。
モーリスはこの日、男爵家へ出向き偽金貨の調査報告を受けていた……それを知っていたからこそシャルはその質問をしたのであるが。
「今日調べたリブニッツ伯爵家お抱えの商会・商人、全ての場所で偽金貨が発見された。少ないところでも10枚、多いところでは100枚近く。持っている金貨の半分以上が偽金貨、というのが普通の状態だった」
「じゃあ、偽金貨はそこから……」
「まだ全ての商会を調べた訳では無いが、明日以降の調査でもこの傾向が続くだろうな」
男爵家側の商人からは一枚も偽金貨が出ず、伯爵家側の商人からは大量の偽金貨が出てきた。
とすると、まず疑われるのは……
「伯爵家が、偽金貨製造に絡んでいる……?」
「……どうだろうか」
シャルのつぶやきに腕を組むモーリス。
でもまあ、ありえないとは言えない。
何より、セーヨンにおいて現在貨幣製造を任されているのは伯爵家なのだ。
偽造技術は間違いなくある。
大量に作って正規の貨幣流通ルートに乗せるのも簡単だ。
……しかし。
「仮に伯爵家が関わっていたにしても、どうしてそんなことをしたか、だ」
「それはやはり、金儲けのため……」
わずかな金で金貨を作ることができれば、それはすなわち安く大量に金貨を作ることができるということ。
偽のお金を作る目的なんて、金儲けのためじゃないか。……とシャルは思うが、一方ですでに資産なら十分なほどある貴族様が?という疑問もごもっともである。
「……確かにモートン男爵家が力をつけてきた中で、リブニッツ伯爵家への税収が減ってきている、という話は実際あるが……それこそ、シャルに出した金貨の量を考えれば、そこまでひどい状況だとは思えないし……」
それもそうだ。
シャルはエリストールに買収されかけたときのことを思い出す。
……いや、でも、もしあの金貨も偽物だったとしたら?
一度シャルがエリストールの要求を断った後、エリストールがわざとらしく取り出して追加した一枚の金貨。
あの光景を思い出すと、なんだかパフォーマンスみたく思えてきた。
「どちらにしろ、詳しく調べる必要があるのでは?」
「だろうな。だが相手は伯爵家だ。モートン男爵様からも働きかけていただく予定ではあるが、慎重にならないといけないことには変わりない」
シャルは、エリストールの上から目線の視線も思い出す。
貴族に何かやる、ということは本当に面倒なのだ。
本当に、貴族がみんなモートン男爵やユリウス様みたいな感じだったらどんなに楽だろう。
で、そのユリウス様といえば。
「とすると、その中でユリウス様とソフィー様が婚約なされるのは……」
「そうだな……あれは男爵様も随分驚きなさっていた。なんでも、ソフィー様から話があったのがつい数日前らしい」
「ソフィー様から?」
エリストール様からではないのか。
「本当に有無を言わさぬ口ぶりだったらしい。それに……」
モーリスは少し小声になる。
思わずシャルもソファーから身を乗り出す。
「断ったら、男爵家の様子の内部事情をばらまく、と言ってきたらしい」
「それ、脅迫なんじゃ……というより、ソフィー様は何をお知りに……?」
同じ街の貴族とはいえ、婚約者になってから日も浅い。
何がわかるというのだろうか?
「それはわからない。……が、ソフィー様からかなり頼み込まれては、男爵様も断りきれなかったようだ。ああ、あとこれは男爵様のご感想に過ぎないのだが」
モーリスは少し上を向いて、言葉を選ぶようにしてからシャルに話していく。
「ソフィー様は、かなり急いでいるように見えた……らしいんだ。ソフィー様からの理由は『事情が変わりました』の一点張りだったそうなのだが」
事情とはなんだろう。
シャルがここでいくら考えても推測の域は出ないが……
「偽金貨……」
出てきたシャルのつぶやきに、モーリスの肩がぴくり。
「でも、直近で何かあったってなると……」
「……考えなかったわけではない。が……」
それはすなわち、伯爵家が今回の偽金貨事件に絡んでいるということで。
「そもそも、伯爵家が何か知っていたとして、どうして男爵家に近づくんだ?」
「それは……わかりませんが……」
シャルだって本当にそうだと考えてるわけではない。
そもそも考えるだけの材料がない。
ここで何を言ったところで妄想に過ぎない。
大学のレポートなら、『論理飛躍』のハンコを押されて突き返されるだろう。
「……あの、ユリウス様は、どうなのでしょうか……?」
偽金貨もだが、何よりシャルが心配しているのはそこである。
面識がある、程度の人といきなり結婚することになったのだ。飛躍を超えて突然、としか言いようがない。
「『驚いてはいるが、嫌がってはない』と男爵様はおっしゃられていた。……直接顔をお伺いしてはいないが、ユリウス様に関して心配はしなくて良いと言われたよ」
「……」
確かに、ユリウスが直接ネガティブなことを言ったわけでは全くない。
貴族の子なんてそんなものだ、と自ら言っていたではないか……と、シャルは思い返す。
……いや、でも……
「以前、ソフィー様がおっしゃっていたのです。ユリウス様には想い人がいるのではないか、と」
「……そう、なのか」
シャルが言うと、モーリスは自分のあごを手で押さえて。
「それって、この人じゃないかとはおっしゃっていたのか? ソフィー様は」
「いえ。教えていただけず……ユリウス様にもお伺いできず……」
「……ふむ。ユリウス様の想い人、か。男爵家の使用人はほぼ男だし、とすると……」
モーリスはふふっと笑う。ただ、すぐ表情を戻す。
「……いや、わからないか。しかし、本当なら……」
「お父様、やっぱり笑ってます? なにがおかしいので……?」
「別になにもないよ。それに人の恋路をとやかく言うもんじゃない。貴族様のことなんて、なおさらだ」
うっ。
そりゃあ、まあ、ユリウス様本人が嫌がっていない、というのなら……
でも。
結婚、か……
前世のときは、ついぞそんなの考えること無かった。
……わたしはどうなる? と思ったが、少し考えたところで何もわかるはずはなく。
結婚なんかよりも、ベース法をなんとかする方が先なのだから。
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