伯爵とその娘
「お久しぶりですな、ペリランドさん」
そう言って急にペリランド商会に入ってきた、良さそうな生地の服をまとった男性と、同じく着飾ったシャルより少し背の高い女子。
「伯爵様……ソフィー様、この度はおめでとうございます」
「うむ。これでセーヨンの街はその発言力をさらに増していくことでしょう。やはり一つの街を複数の家が治めているというのは、あまり褒められたものではありませんしな」
リブニッツ伯爵家当主、エリストール・リブニッツ。横に大きな体格と髭面、ひだの付いた服装は、いかにも貴族と言わんばかりの見た目である。常時ドヤ顔っぽいのが、シャルはちょっと気に入らない。
そしてその隣にいるのが、娘のソフィー・リブニッツ。シャルより頭一つ分大きな身長の上には、くるくるとカールの付いた赤髪ツインテールが乗っておりよく目立つ。服装の方もそれに合わせるような真っ赤なドレス。顔は……とびきり、というほどではないけど普通に美人だ。
スタイルも悪くないけど、14才ならもっと可愛い子は日本のSNSとかで見たな……とシャルは心の中で品定めする。ユリウス様とはお似合いだろうか……?
「やはりそういうことでしたか。しかし、それにしても急でしたね」
「まあ、貴族の事情というのも色々あるのですよ。ただ確実に言えるのは、リブニッツとモートンは今後、距離を縮めていくということです」
基本的に、一つの街を治めるのは一つの家、一つの貴族である。セーヨンという、それなりの規模の地方都市において、リブニッツとモートンという二つの家が並び立っている現状は普通の状態とは言いづらい。
新興のモートンの方が格下とはいえ、閉鎖的、保守的なリブニッツに対し平民にも分け隔てなく接するモートンの方が支持を得ている。勢力的にはほとんど同じぐらいになっているのだ。
その状況がわかっているからこそ、シャルはこの婚約を怪しんでいる。タイミング的に何かあるのではないか……
「セーヨンの発展を望んでいるのはリブニッツもモートンも同じです。……ペリランドさんだってそうでしょう?」
そのシャルの考えを知ってか知らずか、エリストールは再びモーリスとシャルに向き直る。
「ですね。私どももこの街には随分とお世話になっておりますので」
「でしょうでしょう。そこで一つご相談があるのですが……」
そう言うと、そばで控えていたリブニッツの召使がすっと進み出て、テーブルの上に重みの有りそうな革袋を置く。
それが開かれると、中から金貨が何枚も出てきた。
「シャルリーヌさん。リブニッツで働く気はないでしょうか?」
……へ?
「わたし……ですか?」
目の前の貴族から出てきた言葉が信じられない。
「はい。シャルリーヌさん、新しい日時計の開発といい、国王陛下に掛け合ったことといい、あなたには素晴らしい能力がある。その能力は、街を、国を動かす貴族たちの場でこそ、より生かされるべきだ」
「待ってください伯爵様。シャルはうちの娘です。いくらお金を渡されても、お願いしますというわけには……」
「ご心配には及びません。これは言わば前金です。シャルリーヌさんがリブニッツに、あるいはセーヨンに対して有効なアイデアを出してくれれば、さらに報酬を支払います。それにシャルリーヌさんはちゃんとした待遇で迎えます。ソフィーに使わせてる部屋と同等の部屋で寝泊まりし、お望みのものがあればできる範囲でご用意します」
……寝泊まり!?
「それって……働くというより、住み込み……?」
「そうなりますな。まあ間違いなく、今の暮らしよりは良くなりますよ。貴族としての仕事を手伝わせることはしませんから、研究に没頭できます。その代わり、ある程度リブニッツの意向には従ってもらうことになりますが」
……つまり、リブニッツ伯爵家はわたしのパトロンになろうと言っているのだ。
それを理解したシャルは考える。
悪い話ではない。何よりちゃんとした報酬がもらえる。それも前世の知識を売るだけで良いのだから、物理的な資本はいらなくて済む。
別に今の暮らしに不満はないが、貴族の暮らしを味わうのも悪くはない。
「……その場合、今のわたしの生活はどうなりますか? 商会の手伝いをして、ベース法について学校で教えて……」
だけども、とりあえずここは聞いておきたい。
「それはもちろん、他の人間に代替させます。うちの召使の中で、計算等ができる者を何人か商会に派遣させましょう。学校についても行かなくて問題ありません。というより、うちの教育係から、シャルリーヌさんは貴族や政治について、より詳しく学んでもらいたいです」
「いえ、学校には行かせてください。ベース法についての話もまだまだありますし」
「しかし、ベース法よりももっと重要な、考えていただきたいことが、たくさんあるのです」
……ベース法よりも重要なこと?
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