婚約大ニュース


 ――こうして、シャルが通っている学校の授業時間を少し借りて、その時間だけ普段生徒のシャルが先生になり、同じ生徒の皆にベース法について教えているのだ。


 いきなり大人に教えてもいいけど、大人はやはり仕事が忙しくて勉強している暇がない。だからまず子どもに教える。

 子どもは大人に比べると今まで使ってきた単位へのこだわりも薄いから、新しい単位や計算方法も受け入れやすい。


 そして、子どもが使えばそのうちに大人も使うようになる……といいのだが。


「先程言ったように、キロの上にはメガ、ギガ、テラといったものがあります。あるいはミリの下にはマイクロ、ナノ、ピコといったものがあり、それらを使えば何百億といった数値もわかりやすく表現することが可能です。それで……」


 シャルが言葉を続けようとすると、水時計につながった装置から音がした。

 水時計の水深に応じて、一定時間ごとに音を出す魔力装置である。


 

「……時間になっちゃいましたので、今日はここまでにしましょう」


 シャルはメモ用の羊皮紙をしまう。

 今日の授業は接頭語について。

 


 ……シャルが知る限り、この世界で接頭語の発想で作られた単位は存在しない。つまり、この世界では誰も思いつかなかった仕組み。

 でも慣れれば、計算量を減らす効果は絶大だ。


 今まで、例えば重さの単位なら1ゴーロンが59ロンスだったり、72ロンスだったり、60いくつロンスだったりする。それを統一したところで、結局は1ゴーロンが何ロンスなのかを覚えておかないといけない。それに覚えておかなければいけない単位の種類も増える。

 その面倒くささを解決する画期的な手段が接頭語による単位の組み立てだ。


 ……で、その接頭語とは何か?

 言ってしまえば、キログラムの『キロ』とか、ミリメートルの『ミリ』とかのことである。


 これを使えば、用意しておくべき単位は長さ、重さといった各種類につき一つで済む。あとはキロベース、ミリベースといった具合に単位と接頭語を組み合わせることで、大きな数値も小さな数値もわかりやすく表すことが可能だ。


 さらに、キロが付けば1000倍、ミリが付けば1000分の1といった具合に計算も簡易である。どう考えても60いくつ倍したりするより楽だ。


 地球の先人の知恵を、シャルは惜しげもなくベース法に組み込んだのである。


 

 フランベネイル王国、というかこの世界ではほとんどの地域で10進法が使われている。1000倍や1000分の1は、小数点を動かすだけ。


 その楽さにみんなが目覚めれば、きっとベース法に基づく新しい単位を使ってくれる……と信じたい。


 

「おい! 大ニュースだ!」

 そう考えながら学校を出たシャルの元に大声が舞い込んできた。


 叫んで学校へ向かってきた声の主は、魔法について教えてくれる若い男の先生。


「どうしたんです?」

 生徒の女子たちが聞く。

 その次の言葉に、シャルの思考は全て吹っ飛んだ。


 

「ソフィー様とユリウス様が、婚約者になられた!」



***



「男爵様、おめでとうございます」

 衝撃的なニュースがセーヨンの街を駆け巡ってから数日後。


 モーリスとシャルは、商談にやってきたジャンポールをそう言って出迎えた。

「いえいえ、ありがとうございます」

「しかし随分と突然でしたね」


 モーリスの言葉に、ジャンポールは相変わらず貴族っぽくないフランクな声で続ける。

「実は、私に話が来たのも結構直前だったのですよ。急にお誘いがあって……うちのユリウスはまだそんな年じゃない、と言いかけたんですが、なんだかんだそろそろ11才ですし」


 ジャンポールは応接室のソファに腰掛ける。やっと落ち着ける、と言いたいかのように大きなため息。

「それに我が家にとっても悪い話じゃありません。セーヨンの街にいる以上、リブニッツ伯爵家との付き合いは必須ですから」


 そうだ。

 ここは貴族と平民が存在し、貴族が領主として街を治める世界。


 力のある貴族の家とは仲良くしなきゃいけない……この世界の現実を、シャルは改めて実感する。


 

 ユリウスはモートン男爵家当主ジャンポールの一人息子で、そろそろ11才。

 一方、ソフィーはリブニッツ伯爵家当主エリストールの娘で、今14才。


 シャルの知る限り、二人は面識こそあるものの、普段の交流は無いに等しい。


「政略結婚……」

「こら、シャル。そんな事言うのはやめなさい」


 思わずシャルの口をついて出た言葉を、モーリスが戒める。

「良いんですよ。貴族の世界ではよくある話ですから。それにソフィー様の方は、年齢で言えば遅いぐらいです」


 特に女子は早ければ10才になる以前から、将来の結婚相手が決まっていても珍しくはないんだとか。

 シャルはいつかユリウスから聞いた話を思い起こし、貴族と平民の感覚のズレを再確認する。


「あと、モーリスさんにとってもいい話になると思いますよ?」

「……といいますと?」

「うちとリブニッツ伯爵家に関係ができれば、伯爵家がペリランド商会を使ってくれるようになる……とも思いますし」


 それはどうだろう……とシャルは心のなかで首を傾げる。


 リブニッツ伯爵家とペリランド商会はあまり付き合いが無い。

 セーヨンの街がまだ小さな農村だった時代からここを治めているリブニッツ伯爵家は、自前でお抱えの商人を持っていて、他とはあまり取引をしない。

 そして他の街の商会と売り買いをするときには、それなりの条件をふっかける。住民に課す税も安くないし、ペリランド商会にも何度も取引の税金を上げるように圧力をかけている。


「きっとペリランド商会がセーヨンの外に出ていくのが気に食わないんだよ。モートンの人間と会ってもしょっちゅう嫌な顔してるし。ちょっと偉そうなのは……まあ実際偉いんだけど」

 とはユリウスの言葉だ。

 そしてシャルもなんとなくそんな気がしている。


 シャルから言わせると、リブニッツ伯爵やその子どもは、良くも悪くも前世のイメージ通りの貴族である。格式の高そうな服で、家来を従わせ、街を見下ろす高台に屋敷を構える。

 特段関わりも無いので関心を持たなかったが、モートン男爵家と親類になるとなれば、今までのようにはいかない。


「ところで、そのユリウス様はどちらに?」

「ユリウスは今勉強中です。結婚しても恥ずかしくない程度の教養を身に付けさせないといけませんから。しばらく、あいつを連れてくることはできないでしょう」



 ……そうか……シャルは少し残念がる。

 ユリウス様に直接、今回のことについて感想を伺いたかったのだけれども。



 ――しかし、翌日。

 

 違う形で、シャルの元に婚約の関係者がやってきた。

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