4.重さ違えば偽物生まれる
シャル、先生になる
「1キロベースは1000ベースですね? で、1ベースは1000ミリベースなので、1キロベースは1000×1000で……いくつになるでしょう?」
「えっと……百万?」
「そうですね。1キロベースは1000000ミリベースです」
王都に行き、国王に直接ベース法について話してから2,3ヶ月。
新緑の季節も通り過ぎ、少しずつ汗ばむ陽気になってきた頃、シャルは先生になっていた。
「だから、例えば2キロベースは2000ベースであり、2000000ミリベースです。では逆に、100ミリベースは何ベースでしょう?」
シャルが尋ねると、同い年ぐらいの女の子たちからぱらぱらと手が上がる。そのうち一人をシャルが指名すると、答えが返ってきた。
「……10分の1?」
「正解!」
シャルは黒板みたいな板に精一杯手を伸ばして10分の1と書き込む。……この世界での分数や小数の書き方が日本と同じで本当に助かっている。
いや、それも良かったけれども。
シャルは今、教えている子どもたちの飲み込みの速さに感謝している。
元々みんな、シャル同様に商人や役人の子供だ。数字に弱いということはない。
けど、ベース法に基づく新しい単位の決まり事は、今までこの世界に全く無かったものだ。
特に今教えている接頭語に関しては、完全にシャルが前世の知識を日本から持ち込んだものに他ならない。
理解してもらえるまでに、いったいどれだけかかるのかと思っていたのだけど。
……メイ様もだったけど、この国の子どもは優秀だ。これは未来も明るい……
「同様に、10ベースを100分の1キロベース、と表現することもできます。大きい方の単位に合わせたい時は分数を使う……というのは、今までの単位と同じですかね」
ところで、なぜシャルは先生になってしまったのか?
***
――シャルがベース法について国王に直接話して、それが国王によって好意的に受け入れられ、王都で話し合いが進んでいる……そのことが広まると、セーヨンの人々がシャルを見る目は一気に変わった。
ペリランド商会の叡知。
小さな天才。
国王に見初められた少女。
ベース法とやらはよくわからなくても、画期的な時計を発明するだけでなく、国王陛下を直接動かしたのだ。周囲の人々にとっては、シャルは想像を超えた存在になっていたのである。
特にセーヨンを治める貴族の両家にとっては、平民にそれだけの能力を持つ者がいるということは、ただごとならぬ事態だった。
リブニッツ伯爵家も大量の報酬を用意してシャルを引き込む準備を進めるが、いち早く動いたのはモートン男爵家の方。
「シャルさん、その……申し訳ない」
シャルがセーヨンに戻ってから1ヶ月後、ペリランド商会にやってきた当主・ジャンポールは、シャルが出てくるなりそう言って頭を下げた。
「な、何をおっしゃるのですか男爵様」
「いえ……まさか国王陛下が認めた提案を無下にしていたとは。いやそれとも、私は国王陛下の寛大さを見誤っていたのか……どちらにしろ至らなかったのは私です」
もしかして、最初にわたしがベース法の計画を話したときに切り捨てたのを気にしていたのか。
あんなの切り捨てられる方が、わかってもらえない方が当然なのに。
……と思いつつ、頭を下げた貴族にシャルの思考は一瞬固まる。
「男爵様頭を上げてください。シャルの考えに対し最初に否定の声を上げたのは私です。自らの娘を信用できなかった私の責任です」
そう言って、今度はモーリスが頭を下げた。
だから、二人とも悪くないって。
「お父様も男爵様もやめてください。国王陛下がわたしの想像よりもずっとずっと寛大だった、というだけのことです。わたしだって、最初から認めてもらえるとは全く思っていませんでした。……むしろ、あのときのお父様や男爵様の反応が、普通だと思います」
「そうか……?」
「ベース法というのは……単位を統一するというのは、それだけ難しい道のりなのです。今わたしは……正直上手く行き過ぎてる、ぐらいに思ってます」
これはシャルの本音だ。
まだまだ遠い道のりとは言えど、計画の始まりから一年経ってない。
その段階で、法案として成立する見込みが経つところまで行っているのだ。それも、いくつもの幸運が重なった結果、国で一番偉い人……国王陛下に話を通して、である。
その幸運、前世のときから欲しかった……というのは贅沢だろうか。
「……シャルが言うなら、そうなんだろうな。男爵様も、どうか姿勢を正してください」
「……わかった。ただ……シャルさんは本当に不思議な方ですね。もしかしたら、本当に神様の生まれ変わりかも……」
神様じゃなくて、ただの女子大生なんだけども。
「それで、シャルさんにお願いがあるのですが」
一通り商談を済ませると、ジャンポールはシャルに向き直った。
「ベース法について、街の人々に教えていただく、ということは可能でしょうか?」
「それは……喜んで!」
シャルの顔がぱっと輝く。
言われなくても、こちらからお願いしようと思っていたぐらいだ。
「法案が通ったとしても、実際に単位を使う街の人々が使えないことには意味がありません。慣れるまで時間もかかるでしょうし……」
なら、わかる自分が教えるしかない。
法案が通るのはまだだけど、今から教えておいて損は無いはず。
「確かに。それに、シャルさんの知識は共有されなければなりません。能力を一人の枠のうちだけに留めておくのはあまりにももったいない」
「そうですか……いやはやうちの娘が……」
でも、この子はそれだけの存在なのだ。
モーリスは自分の娘が、本当に自分の娘なのか分からなくなっていた。
知識量や頭の回転の良さもさることながら、国王陛下と交渉したときのしたたかさ。自分に自信を持ち、物怖じしない度胸の良さ。
男爵様も言っていたが、本当に何かの生まれ変わりかもしれない。
「ただ、いきなり街の人々全員に、というのは難しいかもしれません。まずは、学校の授業の時間を少しお借りする……ということから始めようと思うのですが」
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