異世界に、新たな単位を作る
国王が、少し笑った。ニヤリと。
「シャルリーヌ、良くそのようなことを思いついたな。きっかけは先程も言っていたが……」
「はい。お父様が生死の境をさまよった、というのが直接の動機です。ただ、それ以前からわたしは注文書や請求書の計算作業を行う中で、同じ単位が使われていたら計算量が減り、どれほど仕事が楽になるだろうかと考えていました」
「しかし、単位というのは、その土地その土地で生活に馴染んだものだ。シャルリーヌ、あなたも思い入れなどは……」
「全くございませんでした」
シャルはバッサリ切り捨てる。
シャルリーヌとして過ごして10〜11年。野乃として過ごした20年で使ってきた単位の方が、馴染んでいるに決まっている。
最も、転生のことは国王にも言うつもりはないので、それ以上は黙ることにするシャル。
「もちろん、法を作ったからといってすぐ人々が新しい単位を使ってくれるとは、わたしも考えておりません。ですが、ある程度の強制力が無いと、いつまでも人々は単位で混乱し続けます。特に技術研究など、いったいどれだけの遅れが出るか……」
シャルは研究所の様子を思い出す。
規模は小さいが、建物はきれいでちゃんと手入れされていた。
研究者も充分な数が揃っていた。
……国王陛下は、研究をないがしろにしていない。
なら、そこに影響がある単位や計算の問題に対して、無関心ではいられないはずだ。
「うむ……そう言えば、研究所でも一回仕入れの量を間違えたという話があったな」
「研究だけではありません。貿易、徴税、軍事……あらゆるところで、計算作業というのはついてまわります。そこにかかる時間を減らすことができれば、より時間効率のいい作業ができるようになるのです。それに……」
フランソワ公とは違う。国王は、隣のメイ様と一緒に、話をちゃんと聞いてくれる。
シャルはチャンスとばかりに言葉を続ける。
「何かを統一するというのは、国王の権力を示す機会にもなるのですよ」
別に現状のフランベネイル王国で反乱が起こりそうとか、そういうわけではない。
ただ、地方に行けば役所と住民の仲が悪い地域というのはまだまだたくさんある。
あるいは、地域で複数の貴族が覇権争いをしてるところもある。
そういったところで、中央の権力を示すというのは、決して悪いことではないはずだ。
「確かに……」
国王はつぶやいて、少し上を向く。
目を閉じて、考え込む。
「シャル、すごい。……おじい様、協力できないの?」
「……シャルリーヌ、あなたはすごい人だ。本当に、まだ10歳なのか?」
「……はい。今度、11歳になります」
本当は20歳、とは言えない。
「あなたの発言は、まるでベテランの役人のようだ。それに計画も良く練られている。それでいて、うちのメイにすぐ気に入られた。……メイは、親族の人間以外にはなかなかなつかないのだよ」
そう言う国王の隣で、メイが微笑んでいる。
……振り子の話で気に入ってくれる5歳も、すごいと思うのだけど……シャルは軽く微笑み返す。
「わたしにも弟がいるのです。小さな子供と接するのに慣れていたというのもあるかもしれません」
「……そうか。シャルリーヌよ。王都の滞在はいつまでの予定だ?」
「明後日まで、です」
「なら、その間にメイと、たっぷり遊んでやってくれ」
……!
シャルとモーリスは驚き、メイの顔がぱっと輝く。
「何よりメイがそれを望んでいるのだ。私としても、孫娘を喜ばせたいのだよ」
「……分かりました。国王陛下直々のご依頼、謹んでお受けさせていただきます」
シャルは立ち上がって、深々と頭を下げる。
でも。それだけでは終われない。
「しかし、わたしもメイ様の相手をするだけ、というわけにはいきません。わたしは元々、ペリランド式日時計の説明をするためにこの王都に参りました。それに、例え王命と言えど、わたしは商会の人間です。……何かしらを頂戴できないと……」
「シャル!」
シャルの言葉をモーリスが遮る。
国王陛下に対して、なんて無礼な……
……ただ、そう言われた国王の顔は、さほど変わることはなく。
「分かっておる。シャルリーヌ、先程言った計画を紙にまとめてくれないか。そうすれば、私から他の大臣たちに話しておこう。すぐに結論は出せないが、検討する価値は十分にある」
***
そこからは、すぐだった。
シャルは翌日、一日かけてメートル法を作る計画の全てを、羊皮紙ではなくちゃんとした紙にまとめ上げた。
時間の基本単位は、ペリランド式日時計を用いて王城の研究施設屋上で計測した、太陽によって作る影が一周する時間を144分割したもの。これが最初に決まる「1マイント」である。
長さの基本単位は、「同じく王城の研究施設内に設置された、1マイントの間に100往復する振り子のひもの長さの、さらに100分の1」である。これが「1ベース」だ。まさにその名の通り、基準・標準の意を込めた新しい単位となる。
そして、1辺1ベースの正方形の面積が「1ベーススクエア」、1辺1ベースの立方体の体積が「1ベースキューブ」。
さらに、1ベースキューブの体積分の水を用意して重さを測り、重さの単位の基準に。
そこからさらに、速度や力のような、日常生活や商業の世界で必要になる単位を組み立てていく。
科学的なものばかりではなく、通貨単位や、魔力の単位も、計測、計算可能なものに改めた。
それらを書き並べた後、シャルは長さや重さの基準となる物体を作成するよう記述する。
野乃の世界で言うところのメートル原器やキログラム原器。必要とあらば、これを使って基準の単位を確認させる。
その原器は温度や気圧の変化しない、密閉空間で厳重に保管させるよう指示書きをした。おそらく王城内のどこかに置かれることであろう。
――正直、現代日本で使われている単位の定義からすると、まだまだガバガバなところはたくさんある。でもこれが、今の王国の技術で考えられる精一杯だ。
最後に、シャルはこの一文を書き加えた。
『全ての時代に、全ての人々に、この単位が使用されることを目指して』
よろしくお願いします! ……と、願いを込めながら。
***
シャルがセーヨンに戻ってから半月後。
『メートル法』……改め『ベース法』の噂が、シャルのところにまで届いてきた。
シャルのまとめ上げた素案を元に、本格的な検討が始まったという。
すぐに法として成立というわけにはいかないが、やはり国王からの案、ということもあって順調に議論は進んでいる、らしい。
……よし! シャルは自室で小さくガッツポーズ。
……前世の記憶を取り戻してから一年近く、ようやくここまで来た。
もちろんまだまだだ。
国王の強権で法の成立に向けて進んではいるが、反対意見もやはりあるとは聞こえてくる。それに、法が成立したとしても、新しい単位が人々に根付くにはまだまだ時間がかかる。
……けれども、大きな進歩だ。
シャルは自分の試みが上手くいっていることに満足して、また書類作成に戻るのだった。
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