シャルと国王
「おじい様、振り子って聞いたことあります? シャルが教えてくださったんですよ」
王城の内部。
「メイ、その前にまず言わなければいけないことがあるだろう」
「……はい。ごめんなさい」
メイは言葉を返されると、素直に頭を下げた。
ペリランド商会の一番大きな応接室よりもやや広い部屋。
あちらこちらに絵画がかかっていたり、高そうな壺や彫刻が置かれていたりする。
これでも、シャルたちがここまで通った感じだと王城の中ではあまり広い方でないのだろう。
改めて、王家がどれだけの富を抱えているか……シャルは実感する。
「えー……シャルリーヌかな? 座って構わないぞ、私としても君のお話は気になるのだ」
「……恐縮です」
シャルは促され、真っ赤なソファに腰掛ける。
身体が埋もれてしまうぐらいふかふかなソファ。気をつけてないと、スカートの中があらわになってしまいそうだ。
そして座ったシャルの目の前、小さなテーブルを挟んだ向こうにいるのは、メイの祖父……
……すなわち、現国王陛下。
服についた様々な装飾が、豪華さを示すのはフランソワ公と変わらない。
ただ、それを変に見せびらかすことはなく、あくまで自然体である。
頭に乗っている王冠も、大きいわけではなく、頭にぴったりとフィットした大きさ。
……服装変えたら、そこらへんのおじいちゃんと変わらないんじゃないかしら。
いたわね、こんな感じの白髪交じりの大学教授。
シャルは前世で会った先生にちょっと似てるなと思いつつ、次に言う言葉を探す。
「シャルリーヌよ。いったいうちのメイに、どうやってそんなに気に入られたのだ?」
「特別なことはしてないです。ただ、わたしの持っている知識を少しお分けした、という程度です」
「知識……?」
「振り子の話をしてくれました。動くのがとても面白くて……」
メイがシャルと国王との話を遮ってくる。
国王の右肩に小さな両手を乗せて話しかける様は、どこの家でも変わらない、祖父と孫娘だ。
「振り子? ……なぜそのような話を」
……やはりそうなるか。
ここまで来たら、覚悟の上だ。
国王陛下に直接お会いできる機会など、願ったり叶ったりだ。
そして、二度と無いかもしれない大チャンス。
「はい。わたしには、大きな目標があります。振り子は、そのための道具の一つなんです」
***
「ふむ……新たな単位を作る……」
国王は、シャルの『メートル法計画』の全てを聞き、腕組み。
「はい。そうしないと、いつか大きな事故が起こります。何かあってからでは遅いのです」
「……なるほど。しかし、単位を作ったとして、それを国中の住民は使うのかね?」
「使っていただきます。そのためには、単位を法制度化しなければいけません」
……国王の目つきが変わった。
シャルは、普段笑っている教授が、講義になった途端、目の色を変えるのを思い出す。
「もちろん法で縛ったところで、そう簡単にはいかないでしょう。あるいは、反対する貴族の方もいるかと思われます」
「うむ……」
フランソワ公のあの態度が、シャルの脳内に思い起こされる。
むしろ、反対に回る貴族の方が多いのではないだろうか。
でも正直これは、強行してでも通さないといけない法だ。
だからこそ、国王に強権を発動してもらうのが、最も近道なのである。
「おじい様、シャルの言いたいこと、断っちゃうのですか? なんだかすごそうなことを言っているようなのですが……」
「うむ、確かにシャルリーヌの言っていることは、すごいことだ。ただメイ、すごいことというのは、考えることもたくさんあるのだよ」
そう言って、国王はメイの頭を撫でる。
その声は優しく、王の威厳のようなものは全く見られない。
「……メイもこう言っているし、私自身としてもあなたの言い分は分かる。実際、計算や単位の換算間違いによるトラブルは、王城内でもあるのだ」
「そうなのですか?」
「セーヨン以上に多くの人が地方から集まるからな。よく使用人が漏らしている」
確かに。王国中の富が、物が、時には国外のものも集まる王都だ。価値観のすり合わせに時間がかかるのは、地方都市セーヨンの比ではない。
「……しかし、シャルリーヌ。だからといって、一から新たな単位を作り、それを全国民に法で使わせるというのは……」
「陛下。やはり無茶でしょうか……」
シャルの座る後ろから、立ったままのモーリスが声をかけてくる。
さっきからずっと、暑くないのにひたいに汗が浮かんでいるのがシャルからもはっきり見える。
お父様、安心してください。
そんなに緊張しなくても、この王様、怖くはないですよ。
「いや……面白いぞ。モーリス、例の日時計といい、あなたの娘は本当に突飛なことを考える人だ。だが、それがいい」
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