我が国の姫様、もしや天才?
「……速くなりましたね!」
「はい。メイ様のご推察通りです。振り子の往復時間は、吊るすひもの長さによって変わります。重りの重さや、振り幅では変わりません」
振り子の法則……日本では、小学校の高学年で習う内容のはずだ。
これを5才で理解したメイ様、天才かも?
……というか、この世界で振り子について知ってる人っているのかしら……
「ということはですよ、メイ様。長さを変えれば、測りたい時間を測れる振り子を作ることができる……とは思えませんか?」
「時間を測れる?」
「はい。日時計のように、曇りの日は使えないということもありません。水時計のように、水の流れる音がいつもすることもありません。静かで、なおかついつでも使える時計ができるのです」
「へー……」
メイの目は、まさに興味津々という言葉がぴったり。
生徒がこれなら、先生側も教えがいがあるというものだ。
「ではそうですね……」
シャルはまた、手拍子を打つ。
「このリズムで一往復する振り子を、作ってみましょう。ひもの長さを変えながら、調節していくのです」
「やってみますわ」
メイはさっそく、振り子を揺らし始めた。
シャルの手拍子に合わせて、振り子を揺らし、合ってないと、ひもを短くしたり長くしたり。
シャルも拍子を打ちながら、ひもを結んでやったりして手伝う。
その姿は、本当にお姫様と家庭教師のようで。
あるいは、姉妹のような。
シャルにとっては弟のエルビットと遊ぶときよりも、同性ということもあり取っつきやすい。
……いいな、妹みたいで……
わたしもこういう妹、欲しかったな……
***
「……シャル!」
モーリスの声が急に響いた。
「お父様?」
「兵士が何人か来てる。メイ様をお任せしよう」
その声で、シャルも正面の窓から首を出して見回す。
右側、シャルたちが馬車で来た方向から、装備をつけた兵士が数人。
先頭で指示を出しているのがリーダーだろうか。
「メイ様はこちらにいらっしゃいますー!」
モーリスの大声。
それで、兵士たちが一斉にスピードを上げて走り出す。
「メイ様、お迎えが来ましたよ。さあ、お城に戻りましょう」
「……」
「……メイ様?」
メイは何も喋らず、振り子の木片をギュッと握りしめた。
「メイ様! また見張りの隙を突いて逃げ出したのですか!」
建物に入ってすぐ、兵士のリーダーらしき男がメイに声をかける。
「だって、つまらないんですもの。いつもおじさんに見張られてばかりで……」
「メイ様が逃げ出そうとするから、見張りが欠かせなくなるのです!」
メイは、テーブルの後ろに隠れようとする。
「国王様も王妃様も心配してらっしゃるのですよ!」
兵士たちが一歩前に進み出る。
「嫌です! ……シャルと、もうちょっといたい……」
……え。
さすがにシャルも予想外の言葉が、メイから出てきた。
「えっと……」
兵士たちも困惑。
「……わたしは、ペリランド商会のシャルリーヌです。本日は、研究所からの依頼で、このペリランド式日時計についての説明に参りました」
シャルはテーブルの上にずっと置いていた日時計を抱きかかえる。
「メイ様失踪の一報を受けて、フランソワ公はじめ、研究所の人間は全員捜索に行きました。わたしたちはここに残っていたのですが、建物の裏口にメイ様がいるのを発見しまして……」
シャルが説明している間、メイはシャルの後ろに回り込んで、兵士の姿をうかがっている。
「わたしたちはこの敷地内をよく存じ上げません。それで、今までここでメイ様のお相手をしながら待っていた次第です」
「なるほど……ちなみに、お相手というのは、いったい何を……?」
「振り子のお話を少々、させていただいておりました。とっさに思いついたことだったので、うまくいくか不安だったのですが……メイ様、かなり夢中になっておられましたよ」
でも、まさかもうちょっとなんて言葉がメイ様から出てくるとは……
「はあ……」
「……ふりこって何だ?」
「知らないのか、ほらあれだよ……」
兵士たちのひそひそ声が聞こえる。
やはり振り子というのは、この世界においてはあまり一般的に使われるものではないらしい。
「そうですか……メイ様、シャルさんとのお話はどうでした?」
「とても面白かったです! もっと続きをしてくださいな!」
「そのお言葉、わたしとしても非常に嬉しいです。……ですがメイ様、メイ様にもスケジュールというのがありますでしょう?」
シャルは丁寧に言葉を返す。
どんなに可愛くても、メイ様はれっきとしたこの国の姫様だ。平民のシャルが、そんなに接することのできる相手ではない。
「ですが……シャルの話は、今までに聞いたこともなかったようなことで……」
……メイの声が、徐々にその勢いを失っていく。
……もしかして、泣いてる?
「あっ、メイ様……」
「分かりました! とりあえず、城に戻りましょう! ……シャルさんと、えっとそちらの……」
「モーリスです。シャルの父です」
「とりあえず、同行していただけます?」
はあ……
いや……でも、これは考えようによっては、大チャンスなのでは?
使えるものは全部使う。
シャルの計画成就という目標に至るには、メイ様だってあるいは使える……
と、思いながらシャルが見下ろすと、メイは笑顔を見せた。涙は見えない。
――この姫様、すごいな。
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