シャルのアドリブ実験教室
「後は振り子の重要な性質として、一往復するのにかかる時間についての法則があります」
「……でも、止まっちゃいますよ」
「それは摩擦が大きいからです。もし摩擦が全く無ければ……一度動いた振り子は永遠に同じ動きを続けます」
シャルは5才の子に分かるかな……と思いつつ、つっかえ棒のようなものを戸棚から持ってくる。
棒を壁とテーブルによって固定させてシャルの腰の高さに通し、ひもを巻いて結べば、振り子の木片が宙に浮く。
「メイ様、どうぞお座りください」
シャルは手近な椅子を持ってくる。メイがそこに座ると、ちょうどその視線の高さに振り子が来た。
「今度は、さっきよりもっと長く動きますよ」
しゃがんだシャルが右手で木片を持ち上げてそっと離すと、さっきよりも真っ直ぐな軌道で木片は往復運動を始める。
……5円玉でもあったら、催眠術でもかけられるだろうか。
シャルは、木片を目で追うメイを見つめる。
幸い、興味を失っている様子はない。いい感じだ。
「……メイ様、往復する時間、なかなか変わらないですね?」
「はい」
「ではメイ様、この振り子が一往復する時間を変えることはできますか? ただしルールとして、勢いよく木片を振り下ろすのは禁止です。先程わたしがやったように、木片はそっと手から離してください」
「……それは、高くから落とせばいいのでは?」
メイは小さな手で木片をつかみ、シャルの落とした場所よりもずっと高い位置に持っていく。
……うんうん、予想通りだ。たとえお姫様でも、考えることは普通の小学生と変わらない。
「では、やってみましょうか。わたしが手を叩いて時間を数えますね。まずはわたしがやった高さから」
シャルはさっきと同じ高さに木片を持っていってから手を離す。
シャルがパンパンと手を叩くのを聞きながら、メイがまた目を動かす。
……やっぱり、暗示でもかけてるように思えてくる。
「次は、メイ様がやった高さからです」
振り子を止め、シャルはもっと高い場所に木片を持っていき、また手を離す。
「……どうですメイ様?」
手を叩きながら、シャルは尋ねる。
「……変わってないですね……」
「はい。振り子の振り幅を変えても、往復の時間は変わりません」
「本当に?」
「本当です」
残念ながら、この世界でも科学の法則は同じだ。
そしてシャルは、メイの身体が前のめりになっていくのを見逃さなかった。
「では、どうすればいいと思います?」
「速く落とせばいいんですよね……」
メイはまだ動いている木片を手で止め、じっと眺める。
……まさか、転生して人に理科を教えることになるなんて。しかも相手は一国のお姫様だ。
シャルはかつて学校で学んだ記憶……小学校、中学校の授業を思い出す。
どうすればメイ様の気を引けるか、そう思って始めた振り子の話だけど、結構うまく行ってるじゃないの。前世では先生とかなるつもりなかったんだけどな……
「あ! これをもっと重いものに取り替えたらどうです?」
小さな手で握った木片を少し揺らしながらメイが答える。
シャルの予想もまた当たりだ。
――振り子の話は、『メートル法計画』の話をする中で必要になるかもしれないと少し準備をしていた。
その準備通りに、ここまで進んでいく。
シャルは楽しくなってきた。
5才の女の子相手に、どこまでいけるか。力試しだ。
「それではやってみましょうか。ちょうど、粘土のようなものがありますので、これで重くしましょう」
シャルはテーブルの向こうにあった、何かを練り固めたような粘土状の物体を持ってくる。
何かの実験に使うものなのか、あるいは薬かなんかでも作っていたのか。
まあでも、容器を持ってみるとずっしり重いし、少しぐらい使ってもいいだろう。
「……メイ様もやってみます?」
シャルが聞いてみると、メイは少し笑顔を見せて、右手で粘土をわしづかみにする。
そのまま木片にペタペタと塗り始めた。
楽しそうに作業をしてくれているのは、実験にのめり込んでいることの何よりの証だ。
このまま上手くいけば、メイ様を懐かせられるかも……という打算的な想いが頭をよぎる。
「……これぐらいでいいでしょう。それでは、また時間を測りますね」
粘土でかさ増しされた木片の重さは、シャルが持った感じ倍ぐらいになっている。
それをまた高いところに持っていき、そっと手を離す。
「……変わらない……?」
メイの言うように、先程と同じ時間で木片は一往復してくる。
「はい。重りの重さを変えても、往復の時間は変わりません」
「本当に本当です?」
「本当に本当ですよ」
メイ様、生徒としてあまりにも優秀過ぎる。
こういう生徒ばかりだったら、学校の先生ももう少し楽だろうな……シャルはさすがお姫様と感心しながら、話を続ける。
「さて、どうします? メイ様……」
いたずらっぽく話すシャル。
顔が真剣になるメイ。
後ろで、なおも心配そうにそれを見守るモーリス。
大丈夫です、お父様。この姫様は、とってもいい子です。
「他に、変えられそうなところ……」
振り子のあちこちを触っていくメイ。
しかし、メイ様は今までどういう教育を受けていたのだろうかと、シャルは考える。
国王陛下に愛されている孫娘のことだ、きっと国でも最高レベルの英才教育を施されているのだろう。
もちろん勉強だけでなく、しつけとか礼儀作法とか、言葉遣いとか。
……勉強は退屈だと、メイ様は言っていた。そういうところは、とても子供らしいのだけど。
「……そういえば、ここの長さって変えられるんですの?」
メイは、振り子のひもを持った。
それだ!
やっぱりメイ様は優秀だ。もしかしたら、将来はその頭の良さをフルに発揮して、政治的手腕で名を馳せる……かもしれない。
シャルは勝手な期待をしつつ、質問に答える。
「そうですね。では、振り子のひもの長さを変えてみましょう」
シャルはピンと伸びたひもの半分のところを手で持ち上げ、つっかえ棒にその部分を巻いて結ぶ。
木片までの長さが半分になった振り子が完成した。
「それでは、時間を測ります」
シャルはまた、木片を持ち上げてそっと離す。
果たして……
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