素直なお姫様


 シャルが少し見下げた先で見え隠れするのは、まさしく童話の中から飛び出してきたような、至るところにひだがついた南国のような青いドレス。

 比喩ではなく、本当に透き通った真っ白な肌。

 緑がかったセミロングの髪が、木漏れ日に反射して宝石のように輝く。


 その目で見るのは初めてだけど、疑いようは無かった。


「……メイ様?」


「はい。……あなた、もしかしてさっき馬車で来てた方ですよね? 気になってたんです」


 そう言って、メイは短い両手を組み合わせてシャルを見つめる。

 真っ直ぐで、純真そのものと言える眼差し。


 ――弟のエルビットのようだけど、やっぱり男の子よりも可愛らしい。


「確かにそうですが」

「何をしに来られたのですか?」


 わくわくという効果音がメイから出ているかのようだ。


「そんなことよりも、メイ様。いろんな人が探していますよ。国王陛下や他の皆様にご迷惑をおかけしてしまいます。早くお戻りになったほうが……」


 後ろから、モーリスが慌てふためきながら声をかけてくる。


「嫌です。だって、退屈なんですもの。勉強も遊びも」


 5才の子供が、贅沢な……と言いたくなるのを我慢するシャル。


「ここは面白くて好きです。見たこと無いものがたくさんありますし」

 そう言いながら、メイはシャルとモーリスの間をすり抜けて勝手に建物内へ入っていく。


 王家の孫娘だけあって口調は丁寧だが、テーブルの上に置かれた実験器具を触って回ったり、書類を散らかしている様子は本当に幼い子供だ。

 

 ですます調の言葉と、その行動とのギャップに、シャルの脳内が少し混乱する。


「メイ様、お止めください。勝手に部屋の中を荒らしては、きっと皆さんに怒られますよ」

「お二人は、貴族の方ですか?」


 モーリスの制止も聞かず、メイはシャルに向かって聞いてくる。


「……いいえ、わたしたちは商人です。ここには、新商品の売り込みにきました」

「新商品……どんなのです?」


 シャルは、テーブルの上に載せていたペリランド式日時計を運んできた。


「これです。今までよりも正確に時間を測れる日時計になります」

「ふ〜ん……」


 ……メイは、シャルの持っていた日時計をちょいちょい突くが、あまり興味を持っていなそうだ。


「それよりも、何か面白いものはありません?」


「メイ様……」

 心配で声が震えているモーリスを、シャルは手で止める。


 ――もちろん、メイ様を早く王家の関係者に引き渡さなければいけないのは事実だろう。なんたってまた5才だ。

 でも、かといってわたしができることは何も無い。

 ここにメイ様がいることを、どうやって他の人に伝える?

 広い王城の敷地内で歩き回ったところで、大して状況が良くなるとも思えない。


 シャルは建物の正面から出てみる。

 兵士や使用人のような人々の姿は見えない。というか、馬車でここまで来た細い道の向こうまで見ても、人っ子一人いない。


 なら、外を歩いても、ここにいても、変わらない。

 ここで大人しく、メイ様の相手をしながら誰かがここに戻ってくるのを待ったほうが得策だろう。



「あなた、お名前は?」


「ペリランド商会のシャルリーヌです。以後お見知りおきを」


「シャルね。何か、面白いことってありません?」


 メイは、変わらぬキラキラとした目でシャルを見つめる。


 今は何とか、この小さなお姫様と上手くやっていくしかない。



「メイ様、振り子というのはご存知です?」


「ふりこ……?」


 キョトンとするメイを見て、シャルは服のポケットから、セーヨンから持ち込んできていた振り子を取り出す。


 振り子といっても、髪飾り用の細いひもの先に、木片を重りとして結びつけた簡易なもの。

 最も、これぐらいのものでも、説明なんかに使うのには充分である。


「こうしてから、手を離すと……」


 シャルは、左手でひもの端を持ち、右手で重りの木片を持ち、ひもを真横にピンと張る。

 それから、右手をそっと離した。


 シャルの二の腕と同じぐらいの長さのひもが半円の軌跡を描き、木片が反対側の高さまで上がり、また戻ってくる。

 その往復運動に沿って、メイの両目が右に左に。


「これが振り子です。こうやって往復していって、だんだん止まっていきますよ……」


 これぐらい雑な作りだと、シャルが左手で持っている支点部分の摩擦や、空気抵抗の影響も大きい。

 何も力を加えないでいると、木片の往復する距離がだんだん短くなっていき……


「勝手に止まりました……」


 最終的に木片は一番下で止まり、ひもが重力に引かれてピンと張る。


「何もしないと勝手に止まりますが、少し勢いをつけると、もっと長く動いてます」


 今度シャルは、木片を持ち上げてから、勢いをつけて投げ下ろす。

 スピードのついた振り子が素早く往復するのに合わせて、またメイの両目も往復する。


 

「――さてメイ様、この振り子は、いったいどのように役に立つと思いますか?」

「どんなところ……?」


 メイは、往復する振り子を追いながら、シャルの質問に返す。

 いったい何をするのだろう――そう、ぽかんとした顔をしながら。


「例えば……」


 シャルはひもの端を持った左手を小刻みにぶるぶると揺らす。

 それに伴って、振り子の先の木片もまた、不規則に揺れる。


「重りの揺れを測れば、もともとの揺れの大きさや、向きを知ることができます。――メイ様は、地震にあったことはあるでしょうか?」


 メイがこくりと頷く。

 この世界では、時々地震が起こる。日本に比べればずっと規模も小さいし回数も少ないけど、それでも起こると『神罰だ』といって大騒ぎになる。


「この仕組みを応用すれば、地震の揺れや大きさを調べることができるのですよ」

「へー……」


 この世界に地震計は……まあ、無いかな、と思う。

 

 

 でも、メイ様の興味を引くことはできているようだ。


 シャルは次の話題へ向かうことにした。

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