3.全ての時代に、全ての人々に

王都にて

 ――大きいな……

 


 (また、日本の暦で)一ヶ月後。春の陽気の只中で、シャルとモーリスたちペリランド商会一行の乗る馬車は、王都べネイルの中心にそびえ立つ王城の正面入り口の前にいた。


 シャルが窓から首を出すと、セーヨンのものとは比較にならないぐらい高い城壁がそびえ立っている。

 うんと見上げて、ようやく王城のてっぺんの塔が見えるぐらいだ。


 ――野乃の記憶の中には、これより高い超高層ビルが何本もある。東京タワーやスカイツリーだってある。

 でもそれらとは、迫力が違った。どことなく迫ってくる威圧感とかがすごい。


 ……そして何よりも、重機も無い、それどころか単位だって職人によってまちまちなこの世界で、よくこれだけのものを建てられるわね……そんな驚きが、シャルの脳内を支配する。

 


 門番の兵士が御者に確認。

 少しすると巨大な木製の扉が、ゆっくりと音を立てて開き始めた。

 庭園の中に真っ直ぐ道が走り、その先にヨーロッパ風の城の建物。

 

「シャル、もっと姿勢を正しなさい。ここからは王城の中だぞ」

 モーリスに言われ、シャルは首を引っ込めて座り直す。


「お父様は、王城に入ったことは……?」

「無い。平民で、客人として入れるのは、例外的に大きな功績を上げた戦士のような特別に認められたものだけだ。商人では……本当に一握りぐらいだろう……な」


 若干震えたモーリスの声。

 お父様、緊張してる?

 って、そりゃそうか。それだけの場所に、わたしは踏み入れているんだ。


 シャルは軽く頬を叩いて気合を入れる。

 この、いかにもファンタジーといった世界の本丸で、わたしの主張は通るのか。


 馬車は入ってすぐ右に曲がり、シャルの座る側の窓から城の建物が大きく見える。

 その建物に、脳内でペリランド式日時計を重ね合わせて、シャルは説明の言葉を考えていた。



 ***


 

「ペリランドさん、ご足労いただきありがとうございます。こちらは王家直属の研究施設になります」

 シャルたちが案内されたのは、王城の敷地の隅、木々に囲まれた小さな2階建ての建物。庶民の一般的な家屋とほぼ同じ大きさだ。

 

「魔力に関すること、動植物に関すること、土地に関すること……学問と呼ばれているものはだいたいここで扱っています」

「天体観測……星の動きを調べたりはしてますか?」

 シャルはすかさず案内してくれる人に尋ねる。セーヨンでやってるんだから、さすがにそれぐらいはしていてほしいが……


「そうですね。この建物の屋上では高さが足りないので、あちらの見張り台のスペースを少し頂いて行っています。他の街でやっているのと同じですよ」

 示された見張り台は、王城の高さほどは無くても、セーヨンの神殿よりは高い。市街地にこれより高い建物も無いので、見晴らしも十分だろう。


 ……ということは、この王都べネイルでも、セーヨンでシャルが見たものと同程度、あるいはそれ以上の質のデータがあるわけだ。

 ならそこから、太陽の動きとか、あるいは地軸が傾いてるとか……わからなかったのかな……



「こちらが、ペリランド式日時計になります」

 シャルが応接室の机の上に、持ち込んだ日時計を置く。

 周りに集まった大勢の研究者たち――といっても、白衣を着てるとかでもないので、見た目的にはそこらへんの街を歩いてる人と変わらない――が、一斉にそれを覗き込む。


「触っていただいて大丈夫ですよ」

 シャルの言葉に、何人かの研究者が手を伸ばす。

 金属製でなめらかな手触り。影を作る棒の部分を動かして角度を見る人もいる。


「なるほど……話に聞いていたとおりですが……」

「これは……日時計を傾けたもの、ということでよろしいのですか?」


 研究者たちは、シャルではなくモーリスに尋ねる。


「はあ、これを作ったのは、私じゃなくて娘なんですよ」 

 

 ……へ?

 そんな声が、研究者たちの間から聞こえるようだった。

 


 疑念という名の視線が、シャルに注がれる。


「はい。セーヨンでの観測データを元にわたしが設計しました」

 その言葉に、ざわざわする室内。


 ……まあ、やっぱりそうか。でも、ここでめげては、計画達成には程遠い。


「この棒を、ノーザンポルのある方向に向けて……」

 シャルは棒を操作して傾きを調節し、適当なところで固定する。


「これで、あとは陽の当たるところに置くと、影が一周するので、その時の目盛りを読み取るだけです」


「本当か?」

「目盛りが簡単過ぎる、こんな時計が可能なのか……」


 シャルに飛ぶ声は、ほぼすべてが否定の声だ。


 こういう人を黙らせるには、結果を持って示すしか無い。

「では、実験しましょう。……べネイルの、太陽の動きをまとめたデータ、ありますか?」



 ――セーヨンのときと同じように、春分・秋分の日の太陽の高さの角度をデータから読み取る。

 そこから計算すれば、べネイルにおける北極星の見上げる角度がわかる。


 ……べネイルの緯度、北緯48.8度。

 やっぱり、セーヨンよりちょっと北だ。


 シャルは日時計の棒の傾きを48.8度にセットする。

「日当たりのいい場所、あります?」

「……ここの屋上で良ければ」

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