無情なる単位の現実


 それから(日本の暦に換算して)二ヶ月。


 いよいよ本格的な冬に入っていく、という時期に、ペリランド式日時計はついに発売。

 シャルが一番最初に書いた設計図をベースに、棒の傾きを調整できる、材質を木製からより丈夫な金属製に変える、などの修正を経て、『見やすく正確な時計』を売り文句にして店頭に並んだ。

 

 セーヨンの庶民にとっては少し高めの値段設定だったが、販売初日にモートン男爵家が5台一括購入したというのもあって大好評。

 冬が明ける頃には、周辺の農村地帯にも広まり始めていた。


 

「ほらエルビット、クッキーだぞ」

 少しずつ暖かくなってきた、春の入り口といえるこの日は、ジャンポールに付き添って来たユリウスがまた商会の一室でエルビットと遊んでいる。


「ユリウス様、エルビットにお菓子をあげるのは程々にしてください。歯が痛くなっちゃいますよ」

 とはいえ、休憩で部屋に入ってきたシャルも小腹が空いた頃合いだ。

 外に置かれた日時計を見ると、日の入りまであと3アナーぐらい。すなわち午後三時すぎだと考えると、ちょうどおやつの時間。


 まあ、良いか。

 シャルは座って、皿の上に置かれた茶色いクッキーを一口。

 マーレの木から採ったシロップの甘さが丁度いい。


「シャル、前に言ってたやつ、調べてきたぜ」

 自らもクッキーを飲み込むと、ユリウスはシャルの前に座って、びっしりと文字が書き込まれた羊皮紙を数枚取り出した。


「シャルが言うまで気にもしなかったけど、こんなにあるんだな、世の中の単位って……」

 そのユリウスの口調には、覇気がない。

 目の前の羊皮紙の内容に、どこか呆れているような。


 ――最も、羊皮紙の内容に呆れたのは、シャルも同様だった。

 書かれているのは、ユリウスが数ヶ月間かけて集めてきた、フランベネイル王国で使われている単位たち。

 同じ名前でも指し示す量が変わる場合は、その旨も明記されている。


 それを合わせると、長さだけで100はあるんじゃなかろうか。

 面積、体積、重さに関しても同様だ。


「わかってはいたけど、多いですね……」

「大変だったんだぞ、これ……パーティーに行くたび、参加者や使用人とかに片っ端から聞いて回ったんだ」


 シャルも会う人会う人に聞いて情報を集めていたが、やはり貴族は行動範囲が広い。

 海岸沿いから国境近く、北から南から単位の定義が集まっている。

 

「――なんというか、分かった気がする。シャルが統一したいって言ってた理由」


 そうだろうそうだろう……ユリウスのポツリとした呟きに、シャルは心の中で首を縦に振る。

 

 今使われている単位のリスト化をユリウスに――最初はモーリスやジャンポールにも――依頼したのは、単に現状把握の効率化だけではない。

 これだけ多くの単位が混在する状況を再認識してもらい、シャルの主張に説得力を持たせるためでもある。

 このリストを見た人たちが呆れ返り、愕然とすればするほど、シャルにとっては思惑通りなのだ。


 何しろ、酷いところでは同じ街の中で単位の定義が混在しているのである。

「こことかすごいですよね。1リテーラの酒をくださいって言って、同じ街の東と西でもらえる量が4分の3違ってくるんですよ」

 しかも割と大きな街で、だ。これ、詐欺師が見たらどう思うのだろう。

 絶対悪事の種になりそうな気しかしない。


「子供とか、ちゃんとおつかいできてるのかな……」

「ユリウス様だったら、どうです?」

「……一回は間違える」

 

 そう言うユリウスの顔は、どんどん渋くなっていくのだった。

 

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