正確な時を求めて


 ――えっ、なにこれ……?

 

 驚くシャルに、店員の声。しかしそれも、ざわざわとした周りの声にかき消される。


「すごいぞ。こんな正確な日時計は見たことない」

「目盛りもすっきりしていて見やすいな」

「というより、これは日時計なのか?」

 ……日時計の置かれたテーブルの周りは、二重三重に人垣ができていた。

 それもみんな、『すごい』『わかりやすい』と言った声を上げている。


「どうしたんです?」

「それがですね……」


「シャル! すごいのを作ったな!」

 店員の声を遮り、聞き馴染みのある声がシャルのもとに。


「……ユリウス様?」

「私もいますよ、シャルさん」


 シャルが声のした方を見ると、ジャンポールとユリウスの親子が立っていた。

 ユリウスの方は、日時計の方をしきりに覗き込んでいる。


「ど、どうされたのですか?」

「うむ。うちの使用人の一人が、通りがかりにこの日時計を見たのを屋敷で話していたのだ。そしたら、それを聞いたユリウスが屋敷を飛び出してしまい……」


 ジャンポールは厳しい目線をユリウスに向ける。

「しかし男爵様、何もご自身で出てこなくても……」

「ああ、まあ……私も気にはなったからな、正確な動きをする日時計というのは」


 そう言って、大きく咳払いをするジャンポール。

「それで、ユリウス様の興奮した声につられて、多くの人だかりが……」

 店員が説明する。

 なるほど、街では数少ない貴族の子供が騒ぎ立てれば、それだけ通りがかりの人々も興味を湧き立てられる。


 ……これは、予想以上に時計を早く広められそうね……

 シャルは注目度の高さに困惑しつつも、自分のやっていることが上手く進んでいるのを実感した。


 正確な時間を人々に広めることができる――その影響は、計り知れない。



 ――人垣は、時間が進むにつれてどんどん広がっていった。

 

 ジャンポールは予定があると言って、ユリウスを連れて戻っていったが、その後も噂は広まり、夕方になる頃には店の敷地から人がはみ出るほどに。


 そして、陽が沈む。

 棒が作る影はどんどん長くなり、文字盤の外へ飛び出していき……


 

「……実験成功です! 等間隔に時間を計測できる日時計ができました!」

 完全に太陽が見えなくなったのと同時にシャルが声を上げると、人垣の中から大きな拍手が起こった。


 その拍手は、祝福と称賛が入り混じったような。

 仕組みがよくわからない人にも、この日時計の凄さは十分に伝わっていた。


「うむ。シャル、またすごいものを作ったんだな」

 その声に振り返ると、モーリスが立っている。


「お父様?」

「本当はもう少し様子を見ようと思ったのだが、これだけ話題になってしまったら仕方ないな。シャル……これを商品化できるだろうか?」


 やはりそう来たか。ただ、それには一つ問題がある。


「設計図はあるので、職人さんに依頼すれば同じものを生産できると思います。ですが……これは現状、セーヨンでしか使えません」


「……どういうことだ?」

 シャルの答えに、モーリスは困惑し、周りの人混みからも『なんで?』という言葉が上がる。


「はい。この日時計のポイントは、棒の傾きです。この棒の先が……」

 シャルはかがんで、棒を通して夜空を覗き込むようなポーズを取る。

 その先では、すでにノーザンポル――北極星が輝き始めている。

「ノーザンポルへ向かっていくようにしないといけません。そして北へ行くほど傾きは大きくなり、逆に南へ行くほど傾きは小さくなります」


「そうなのか……とすると、そこの傾きを調整できるような機構が必要だな。よし、職人と相談しよう」


 正直、シャルの言っていることの理由がモーリスにはよくわからない。

 でも、シャルに間違えはないだろう。実験が上手くいったということが、何よりの証明だ。


 だから、この娘が生み出すものは、全力でバックアップするのだ。

 ……モーリスは、そう心に決めて、自室へ戻っていった。


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