アバウトな時の中で
「気を落とすなよ」
ユリウスがそう声をかけてきたのは、帰り際、ジャンポールがまさに馬車に乗り込もうとしたところだった。
ジャンポールに聞こえないよう、小声でそっと。
「……ありがとうございます」
「父上は厳しいからな。……シャルもそれを分かってて、あえてぶつかったんだろ」
……まあ、ジャンポールの厳しさ以前に、一回で何とかなるとは最初から思ってない。
この世界の人たちにとっては、単位を揃えるなんて、思ってもない話だろう。常識にないことを、わたしはこれからやろうとしているのだ。そうそう上手くいってたまるか。
「――わたしは諦めません。一人でも、計画は進めます」
「ああ、その……」
ユリウスの顔がまた赤くなる。
シャルの真っ直ぐな視線に、見つめられる。
「……俺ができることで良ければ、助けになるぜ」
「ほ……ほんとですか!」
周りに聞こえないよう、出かけた大声をシャルは押し殺す。
「そしたら、さっきも言った、王国で使われてる単位をリスト化してほしいのです。メジャーなものから、地方の一部でしか使われてないようなマイナーなものまで、全てを」
「……まあ、頑張って、みる」
「ユリウス、行くぞ!」
ジャンポールの声が飛んできて、ユリウスは逃げるようにその場を去っていった。
シャルは、去っていく馬車を眺めながら、自分の金髪をくるくると指でいじる。
――貴族の子でも、10才の男の子ね。
……可愛い。
***
最初の協力者を得ることはできた。
もちろん、ユリウスだけに任せてはいられない。
「マイントでしょ、クオンでしょ、アナーでしょ……」
数日後、シャルは時間の単位をまとめようと、店舗の手伝いの休み時間を利用して羊皮紙に向かっていた。
時間の単位なんて、基本的には昼と夜とかが基本になるんでしょ……と甘く見積もってたシャルの期待は、早くも裏切られつつある。
「一日を分割して他の単位にするのは良いけど、分割の仕方がなんでこんなに……」
セーヨンでは、1ジョア=1日を6分の1ずつに分割して、時間の単位を細かくしていく。
ところが南の方では、どうも10分の1ずつに分割しているらしいのだ。しかも同じようにマイントやクオンといった単位を使ってるからたちが悪い。
日本風にいうと、セーヨンの1マイントは約10分だが、王国南部の1マイントは約15分。
……1.5倍違ったら、話噛み合わなくない?
「……そもそも、そこまで時間を気にしないのかな」
シャルはそう考えて、部屋の隅に置かれた時計へ目をやる。
この世界において、時計といえばもっぱら2種類。
地面にできた太陽の影で時間を知る日時計。
水を流し、水面の高さで時間を知る水時計。
部屋の中で使われているのは、もちろん水時計だ。
水の溜まったガラス製の容器には、たくさんの目盛りが書き込まれている。
「……あんなに目盛りあって、全然正確じゃないんだもんね……」
シャル――野乃から言わせると、今のこの世界の時間体系で正確な計測はできない。
そもそもの基準となる1ジョアの長さが、季節によって変わるのだ。
……ということは、日の出と日没の時間が変わることは、この世界でも把握されているのよね……
もし1ジョアを基準に使おうと思ったら、『1ジョアの長さ』の『1年間の平均』を取った『年間平均1ジョア』を使うことになるのだろうが……
「――天体観測しなきゃいけないのか……」
もちろん、必要ならやるけども……ちょっと時間がかかりそうだ。
「おい、シャル!」
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