王家でも、平民でも、全ての人々に
「――単位の統一?」
「はい。お父様のように、毒抜きに失敗したキノコを食べて、生死の境をさまよう……なんてことも、もう無くなります」
高鳴る心臓の音を抑えながら、シャルは話す。
テーブルを挟んで、モーリスとジャンポール。
二人とも、シャルの話を、表情変えずに聞き続けている。
「男爵様も、他の貴族様や、商会、役所とのご取引の際など、計算には大変苦労されてるのではないかと。そのような苦労も、大幅に緩和できます」
単位が違うことを、何の疑問にも思わなかった――モーリスもジャンポールも、ユリウスと同様だった。そういうものだと思って、モーリスは商業の世界を、ジャンポールは社交界を生き抜いてきた。
だから、シャルに説明されても、いまいちピンと来ない。
単位が揃っていると計算が楽になる――そうなのかもしれないが……
「シャル。その……単位を揃えるとして、具体的にはどうするんだ? 統一するとなったら……やはり、べネイルの単位に合わせるのか?」
困惑しながらモーリスが尋ねる。
尋ねながら、モーリスは考える。そんなこと……無理では?
「いいえ。べネイルは確かに王都であり、この国最大の都市ですが……それでは、王都以外の方々が不公平でしょう」
どこかの単位に合わせる、となったら当然不都合が発生する。
そもそも普段使っている単位が変わるというのが不都合だ。
……ならば、全員平等に不都合を味わうべきじゃないか。
「ですから、全く新しい単位を作ります。基準となるにふさわしい、普遍的な定義を持った単位を……」
「無理だな」
シャルの説明を、モーリスが遮った。
「お父様?」
「非現実が過ぎる。シャルは、できると思っているのか?」
「もちろん、簡単なことではありません。だからこそ、大人であるお父様や、男爵様に協力をお願いしているのです」
「しかしシャル。お前が言っていることは、とんでもない労力を必要とすることではないのか? それに見合う結果は得られるのか?」
シャルだって、そんなのは重々承知の上だ。
「見合う結果は、人々の計算からの解放です。お父様、毎日書類作りにどれだけの時間をかけていますか? 男爵様も同様です」
話を振られたジャンポール。
その顔は明るくない。
「シャルさん、私も計画には賛同しかねます。正直、人々の理解を得られる気が全くしません」
「父上、そんなこと言わなくても……」
シャルの隣に座るユリウスが思わず声を上げると、ジャンポールがそれをキッと睨みつける。
「王都で使われているものに統一する……なら、まだ納得する人もいるでしょうが、全く新しいものを突然使えと言われるのでは誰もが困惑します。それに、王都の住民に強制するということは、必然的に王家にも強いることになるのですよ……」
「そうですね」
シャルは平然と答える。
王家だからと言って、特別扱いはできない。
「お、おま……シャル。お前は、王家に楯突く気なのか?」
さすがにこのさらっとした一言には動揺したのか、モーリスの眉がピクリ。
「別にそこまでのことは言っていませんよ。ただ……わたしが計算しても、お父様が計算しても、男爵様が計算しても、国王陛下が計算しても、1+1=2ですよね? それと同じことです。誰にとっても、計算は、単位は同じであるべきです」
「……それは……」
モーリスは頭を抱える。
……駄目か。シャルは――野乃は、元いた世界での科学的な価値観が全く通用しないことを改めて実感させられ、ため息を押し殺す。
「モーリスさん……シャルさん、少し見ないうちになんだか変わりましたね」
言葉の出ないモーリスに代わり、再びジャンポールが話す。
「私もモーリスさんと同意見です。計画を無下にする気はないですが、いかんせんふわっとしすぎている。実のところ、私もシャルさんの言い分が一部理解しかねるところがあります」
ジャンポールの言葉は、厳しくシャルに突き刺さる。
……ならば。
「――わかりました。ではせめて、調べてほしいことがあります」
「なんでしょう?」
「このフランベネイル王国で使われているあらゆる単位を、リスト化したいのです」
まずは現状把握から、である。
理論的に良い定義だったとしても、あまりにも実際に使われているものとかけ離れていてはいけない。
「そのリストを元に、できるだけ皆さんの普段の生活に影響を与えないような単位の体系を作ります」
「そんなことできるのか?」
尋ねるモーリス。正直、シャルの言葉が飲み込めない。
「それはリストを見てから、というところです。わたしは――この世界の実態をまだ知りません」
シャルには、行ったこと無い街もまだたくさんある。
あるいは、王国の外に出れば、もっと知らないことがたくさん……
「――無理ですね。正直、割に合わなさ過ぎる」
ジャンポールは、シャルの提案を、無情にも却下した。
「そのリストを作ったところで、シャルさんの計画が成功するとは、とても思えません。そんなことに時間はかけられない」
「……シャル、すまんが自分も同意見だ。多分お前の考えるよりも、お前の考えてることは……上手く行かない。難しいし、障害が多すぎる」
――分かってはいたけど、否定されるときついわね……
シャルは、モーリスからも切り捨てられ、唇を噛むことしかできなかった。
……そのシャルを、ユリウスはそっと見つめるしか無かった。
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