星の記録に願いを
直後、店舗とつながったドアからモーリスの声が響いて、シャルはとっさに手元の羊皮紙を手で隠す。
別に勝手に『メートル法計画(仮)』を進める分には何も言われないんだろうけど、なんかバツが悪い。
「お父様?」
「聞いたぞ。リコピナスは食べられると手伝いの者たちに言い出したのは、シャルだそうだな」
やばっ。あんまり話を大きくしたくないから、お手伝いさんたちには内緒にするようお願いしたのに。
今まで食べても美味しくないし、身体に悪いことが起きると信じられてきたものを、突然『美味しいし大丈夫だから!』と言い出す……いくらなんでも不自然だし、目立ちすぎる。
だから変に思われたくなかったのだが……
「……はい。学校に置いてあった本で読んだ記憶を思い出したのです。東部辺境の一部地域では、リコピナスをスープに入れて食べるとか……」
とりあえず、用意しておいた嘘をつく。
「そうかそうか。すごいぞシャル。本当に自慢の娘だよ。お前は奇跡の子だ」
モーリスは近寄って、シャルの金髪をわしわしする。
……奇跡って……
「ありがとうございます。……でも、どうして急に……?」
「うむ。デールからお礼の手紙が来たのだよ」
モーリスは手に持っていた、しっかりとした封筒をシャルに見せる。
中には次の取引に関するものであろう書類とともに、手紙が一枚。
シャルが読んでみると、そこにはリコピナスに対するお礼と……
『あの後、さっそく主催したパーティーの場で料理にリコピナスを入れて出してみましたが、大好評でした。今度王都からの役人をもてなす際にも出してみようと思います。また今度、購入させていただきます』
「王都……」
「実際、昨日リコピナスの注文が早速一件入ったんだ。これはうちの商会の新たな看板商品にもできるかもしれないぞ。シャル、本当によくやった」
――わたしの力で、この商会を大きくできる。
モーリスの嬉しい顔を見てると、わたしは野乃である前にシャルなんだ……その思いが湧き上がってきて、恥ずかしさとかは吹っ飛んでしまった。
「そうだシャル、何か褒美をやらないとな。これだけ貢献してくれたのに、何の見返りも渡さないというのは、金銭を扱う者としてあってはならない。たとえ実の娘でもな」
……そんな恐れ多い……
続くモーリスの言葉に、そう言おうとしてシャルは思いとどまった。
以前のシャルならそうしていたかもしれない。でも、『メートル法計画(仮)』を進める上で、使えるものは使わないといけない。
「でしたらお父様、天体観測の資料をいただきたいのです」
「……天体観測?」
「はい」
シャルは窓の外、空を指差す。
「空に浮かぶ星の動きを観測した記録とか、実際にその観測をどこでやっているか……あるのでしょう?」
――というか頼む、あってくれ。
さすがにそこまでこの世界が文明的に未熟だとは思いたくない。
先述したように、時間の基準を考えるのに天体の動きは欠かせない。
それに、実際のメートル法の経緯を辿れば、もともとメートルというのは地球の大きさを基準にして定められた歴史がある。こちらの世界でも同様にやるなら、この星の大きさを測らないといけない。
そのあたりを踏まえても、天体、ないし地球に関するデータは、あればあるだけ良いのだ。
すでに集められたものがあるなら、時間と労力の大きな短縮になる。
「……なんだ、知らないのか? そういうのは役所でやってるんだぞ」
「え?」
あっけらかんとしたモーリスの言葉に、シャルは少し面食らう。
……つまり、公共事業ってこと?
「太陽も星も、神様の力を受けて動き、我々に恵みをくださるものだからな。その動きをちゃんと見ておかないと、何か神様の怒りを買ったときにわからなくなる」
――急にスピリチュアルね?
いや、確か学校の先生も言ってたわ。『魔力は神様からの、太陽や星を通した賜り物だ』って。
「最も、具体的にどうやるのかは、聞いたこと無いな。……うん。明日ちょうど役所の人が来るから、少し話してみよう」
「ありがとうございます」
……思えば、エジプトとか、バビロニアとか、ギリシャとかの古代文明では、儀式や測量を行うために、自然と天体観測が発達したと記憶している。それによって、現代と遜色ない正確な暦を作ったりもしていたはずだ。
もしかして空を見上げるというのは、思ってたよりずっと身近なことだった……のかな?
「……シャル、空がオレンジになってきた。そろそろ店が忙しくなる頃だから、メリーファの手伝いをしてくれないか」
「はい、わかりました」
窓を見ると、陽はすでに落ちかかっていて、建物の影が長く道に伸びていた。
店舗の開店、閉店時間はこの時間と明確に決まっているわけではない。『何時になったからこの商品をたくさん並べよう』みたいなことも、特にない。
フィーリングで時間を測るこの感覚も、単位同様直さないといけない……はずだ。
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